皆さんこんにちは
上海ディズニーランドが、入場者数など数々の制限を伴いながらも営業再開を果たした一方、ご存知のとおり、東京では休園期間が文字通り無期限となり、先行きがますます読みづらい感じになってますよね…
いつ、どんな形でパークを再開させるのが正解なのか、上海ディズニーランドの今後の動向も見ないと何とも言えない感じです。
となると、東京ディズニーリゾートは、しばらく休園が続いて様子見になるようにも思えますが…
・ 休園期間がこんなに長引いても、本当に運営会社のオリエンタルランドは倒産しないの
という心配の声も根強いみたいです。
この点については、4月6日に「東洋経済」が、そして4月23日に「プレジデント」が、それぞれ
・ 休園2か月など問題ではなく、1年半程度続いても会社は倒産しない
という、力強い記事を書いています(それぞれリンク先が記事です)。両方の記事も、言ってることは大体似ていて、僕も、休園が1年単位で続いても会社が潰れないというのは正しいと思います。
…ただ、「このまま1年経っても会社は存続できる」という点が詳しく論じられているものの
・ 今後、新型コロナウイルス感染症が残すかもしれない爪痕の影響について、突っ込んだ議論はまだされていない
という感じがしました。
また、これらの記事が書かれたのは、いずれもオリエンタルランドの2019年度の決算が発表された4月28日よりも前です。
・ 臨時休園の影響で、最終利益が2018年度に比べて▲31%減少した
ということが大きく取り上げられたオリエンタルランドの決算報告(公式HPへのリンクはこちら)ですが、新型コロナウイルス感染症の拡大がもたらした影響を数字の面から理解する上で欠かせない情報も明らかにされています。
そこで、このブログでも何回かに分けて、オリエンタルランドの財務諸表や損益の状況を振り返りながら、今回の臨時休業の影響や今後の課題について、考えてみることにしました。
決して楽しい話ではないですが、今後、東京ディズニーリゾートがパークを再開するに当たっては、上海がそうであったように、安全を確保するために色々なことを犠牲にする判断が必要となることもあるかと思います。
仮にパーク体験の一部が損なわれるようなことがあれば、ファンであれば誰でも残念に感じるものですが、今回の災害の影響の深刻さを認識すれば、パーク側の痛みを伴う決定も、甘んじて受け入れる心の準備がしやすいのではないかと思います。
【休園が1年以上続いてもオリエンタルランドは本当に潰れない】
前置きが長くなりましたが、今日は、東洋経済とプレジデントそれぞれの記事が書いている、
・ 仮に1年以上休園してもオリエンタルランドは潰れない説
を、その後明らかになったデータと共に、改めて検証したいと思います。
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1. 臨時休園で生じた損失は2月29日以降の約1か月で92.7億円
まず休園が続いても倒産しないかどうかを考える上で一番大事なことは、言うまでもなく
・ 休園が続く間にどれくらいの費用が発生するのか
という点です。
これについては、パークが営業しているかどうか、また、どれくらいの数のゲストが訪れるかとは関係なく掛かる経費があります。これを、営業の規模に関わりなく固定的に発生する経費、という意味で、固定費と呼びます。
その最たるものとして、アメリカのディズニー社に対して支払うライセンス料があります。東京ディズニーリゾートは、オリエンタルランドがディズニー社から名称やキャラクターの使用許諾を受けて運営されており、その使用料をディズニー社に支払っています。
また、パーク内のアトラクションその他の設備のメンテナンスに掛かる経費や、パーク内のキャストにかかる人件費も、営業の有無やゲストの数に関わりなく発生します。
人件費については、実は東京ディズニーリゾートのパーク部門の従業員の大半は、業務の繁閑に応じて柔軟に増減が可能な臨時雇用者なのですが(これについては改めて取り上げます)、常勤の従業員の人件費は、パークの営業やゲストの数とは関係なく発生する経費と見て差し支えないと思います。
さて、普段であれば、これらの経費はパークの営業に直接関係する費用であり、収入を生み出す原動力として、「売上原価」の一部として計上されます。
ところが、2月29日からパークが休園となり、営業活動が停止しているので、これらの経費を普段のように、営業に要した経費として記録するわけにはいかなくなります。
そこでこの、「本来であればパークの営業に投入されたはずなのに、臨時休園のため行き場を失った経費」は、決算報告では営業費用とは別に「特別損失」として報告されています。
この臨時休業による特別損失、オリエンタルランド社の決算短信によると、92.7億円とのこと(11ページ)。
臨時休園が2月29日から、会計年度が3月31日までなので、パークが休園していても掛かる経費は、32日間で92.7億円ということになります(※)
(※)厳密には、仕入品の廃棄費用(食料品が典型的な例だと思います)など、通常であれば発生しなかった費用もここに入っているのですが、上記の諸経費と比べて金額が巨額に上るわけではないと思います。
2. 現在の休業状態を1年続ける場合に掛かる費用は、1,060億円以上
さて、パーク休園中の32日間で92.7億円の経費が発生した、という決算報告書の記載を基に365日分の経費を計算すると、
・ 92.7(億円) ÷ 32(日) × 365(日) = 1057.4(億円)
となります。
固定費が存在することにより、1年間の休園で約1,060億円の費用が掛かるわけですが、現在の休業状態を継続する場合に掛かる固定費はこれ以上になると見込まれます。
なぜならば、2月29日から3月31日までの期間に休業していたのは、2つのテーマパークとイクスピアリだけで、ディズニーホテルは営業していたからです。
したがって、2019年度の決算報告書の「特別損失」を見ても、ホテル部門でかかる固定費の様子は分かりません。
4月以降はディズニーホテルも休業中であることを踏まえると、現在の休業状態が1年間続いたら…ということを考える場合には、ホテル部門の固定費も計算に入れないといけません。
分からないものは推計するしかないのですが、それはまた今度考えましょう。とりあえず今日のところは、1年間休業が続くことで、最低でも1,060億円の費用が発生すると考えてください。
そして、この間、テーマパークやホテル、商業施設が行う通常の営業活動から得られる収入はゼロですから、1年間の営業損益は最低でも▲1,060億円の赤字、ということになります。
3. 損失額=資金流出額ではない!360億円程度の費用は既に支払い済み
さて、ここでちょっと難しい話になっちゃいますが、損失が▲1,060億円だからと言って、オリエンタルランドの資金(現金・預金)が1,060億円減少するわけではありません。
固定費の中には、「減価償却費」という、実際にはお金の流出を伴わない経費が存在し、これがオリエンタルランドでは年間360億円程度に上ります(決算補足資料の7ページによると、2019年度は367億円)。
費用なのにお金の支払いを伴わない…というのは何だか不思議な気もしますよね。
そうです、これこそがディズニーのマジック…ではなく。
これは、
・ 長期間使うつもりで過去に買った設備は、当期に使用した金額を費用として毎期計上する
という、会計のルールに則って行われる処理です。
たぶん、数字で例を挙げた方が分かりやすいと思うのですが、
・ 今年、今後10年間使えるアトラクションを10億円一括払いで買い
・ 来年からそのアトラクションを使って、毎年2億円の売上を得ることができる
としましょう。
アトラクションを買った今年は10億円の支払いをした一方で、売上はゼロです。もしこの10億円を費用として計上すれば、今年は▲10億円の損失を出すことになります。
他方、来年以降は、何の費用もかけていないのに、10年もの間、2億円の収益が発生することになります。
このような会計処理をしてしまうと、掛けた費用がどのように売上に貢献しているのか、対応関係が非常に分かりにくいですよね。
そこで、このような長期にわたって売上に貢献することが期待される設備については、
・ 毎年その一部が消費されて売上を生み出す
と考えて、一定期間中に使用される部分を費用として計上する、という処理が行われます。これが「減価償却費」という考え方です。
この例では、10億円のアトラクションが10年間使えるので、アトラクションを買った年の翌年から、毎年均等に1億円ずつ、10年間消費されると考えましょう。すると、損益計算書には、
・ 毎年アトラクションに1億円の費用(減価償却費)を掛けて2億円の売上を生み出し、10年間コンスタントに1億円の利益を上げ続ける
という姿が記録されます。これにより、大枚をはたいてアトラクションを買った効果が非常にスッキリと説明できますよね
しかし、現実のお金の動き(キャッシュフローと言います)という意味では、減価償却費として毎年計上される1億円は、実は最初の年にまとめて支払い済のお金なので、費用が発生する年にお金が出て行くわけではありません。
東京ディズニーリゾートは、アトラクションやホテルなどで収入を生み出す典型的な装置産業ですから、このように、期間中の売上を生み出す原動力として計上されるが、実際のお金の支払いをもたらすわけではない「減価償却費」が、費用の相当部分を占めているのです。
したがって、1年間休園が続いた場合の損失▲1,060億円のうち、360億円はお金の流出を伴わない費用であることを考えると、休園によって流出する資金は、
・ 1,060(億円) - 360(億円) = 700(億円)
となります。
4. 資産規模1兆円の企業なのに借金はわずか825億円、返済コストはほぼ無視できる
ここまでが東京ディズニーリゾートの営業活動についての情報から計算される、休園中のお金の流出額です。
これとは別に、会社が大きな設備投資を行ったり、日ごろの運転資金を賄うために銀行から借入を行ったり、金融市場で債券を発行して資金調達を行っている場合には、利払いの費用が掛かるわけですが…
東洋経済やプレジデントの記事でも触れられているように、オリエンタルランドは借金に頼らない経営を行っているため、こうした財務活動から発生する費用はほぼ無視できる金額に過ぎません。
2019年度の決算短信を見ると(4~5ページ)、総資産が1兆円を超えるのに対し、社債による資金調達は800億円、銀行からの長期借入金は25億円に満たない金額です。
日本経済自体が長年にわたって超低金利状態が続いていることもありますし、そもそも借金が825億円しかないため、支払利息は2.9億円(決算短信の6ページ)と、ごく少額です。
逆にオリエンタルランドは、貯め込んだ資産の一部を有価証券として金融市場で運用して1.6億円の利息と7.6億円の配当を収入として得ており、財務活動全体としては、むしろ12億円の利益を上げているくらいです。
以上を踏まえると、休園中に会社が潰れないかどうかを考える上では、借入の費用は無視しても良さそうです。
5. 現金・預金の保有額は2,612億円 = 休園中に流出するお金の3.7年分!!
したがって、1年間休園が継続する場合に失われる資金の額は、パークの活動に関わる部分から発生する▲1,060億円の損失のうち、実際にお金の支払いを伴う▲700億円、ということになります。
では、オリエンタルランドがどの程度の支払準備を持ってるのかと言うと、決算短信の4ページを見ると、現金・預金が2,612億円あります。すなわち、
・ 現金・預金:2,612(億円) ÷ 資金流出:700(億円/年) = 3.73(年)
ということですから、パークを休園し、無収入でひたすら耐え続けるだけでも、オリエンタルランドは1年どころか、3.7年もの間支払いに困ることは無い、ということになります。
仮に社債や金融機関からの長期借入金合わせて825億円の全額返済を要求されたとしても、
・ (現金・預金:2,612(億円)-借入:825(億円))÷資金流出:700(億円/年) = 2.55(年)
となり、2年半以上持ち応えることができますし、借金が返済できなくなって倒産したりする可能性も低いと思われます。
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いかがでしたでしょう。オリエンタルランド社の財務体質の堅固さが伝わるように説明できていたでしょうか…
今日の計算の根拠となった情報は、ディズニーホテルは営業を続けていた3月末までの数字ですので、現在のようなホテルも含めて全面休業の状況を分析するには、もう少し踏み込んだ分析が必要です。
また、休業中に会社が潰れないからといって、営業を再開した時に明るい未来が待っていることが100%保証されているわけではありません。
また日を改めて、こういった点についても考えてみたいと思います。