61 新約19 善いサマリア人のたとえ  Parable of the Good Samaritan

 

ところが、旅をしていたあるサマリア人は、負傷した人を見て憐れに思った。そして、そのユダヤ人を自分の家畜に乗せて宿屋に連れて行き、介抱した。(ルカ10:33-34

 

But a Samaritan traveler was moved with compassion to see the wounded man. And he set the Jewish man on his beast, brought him to an inn and took care of him. (Lk 10:33-34)

 

 イスラエルの栄光の時代は、ダビデ王、ソロモン王の時代にさかのぼりますが、ソロモン王の死後、イスラエルは南王国ユダと北王国イスラエルの南北に分裂し、それぞれ、エルサレムとサマリアを首都としました。北王国の諸王は民衆の心がエルサレム神殿に向かうのを恐れ、それに代わるものとして外国の宗教の神々を導入しました。また、アッシリアに滅ぼされた後は異民族と同化していきました。その結果、北は偶像礼拝の多神教の国となりました。やがて南王国も滅び、それぞれの末裔はユダヤ人とサマリア人となりましたが、双方の反目と対立は癒しがたいものとなりました。

 

 ユダヤ教の市民階級の宗教的指導者の律法学者たち(ファリサイ派)は、天国の特等席は自分たちのものと自負するエリート意識の強い集団でした。彼らの中には律法を守れない一般人や異教徒を地獄で燃える薪のように考える者たちもいました。彼らの一人からの「隣人とは誰か」という質問に、イエスは、あえてサマリア人を助けるユダヤ人ではなく、ユダヤ人を助けるサマリア人のたとえ話をしました。

 

「あるユダヤ人がエルサレムからエリコに行く途中で、強盗に襲われました。強盗はユダヤ人を袋叩きにして、その持ち物をすべて奪い、彼に重傷を負わせて逃げました。

 

すると、ユダヤ人の貴族であり、宗教家である祭司がそこを通りがかりました。祭司は重傷を負った人に気づきましたが、係わり合いになりたくないと思い、道の向こう側を通って行きました。

 

しばらくすると、神殿に仕えるレビ人が現れました。(当時の公務員のようなものでしょうか。)しかし、その人も見て見ぬふりをして重症の人を見捨てて通り過ぎて行きました。(一番助けが必要なときに誰も助けてくれないのが厳しい現実です。)

 

最後にサマリア人の旅人が現れました。(それを見たユダヤ人は絶望しました。ユダヤ人とサマリア人は反目していたからです。)それにもかかわらず、そのサマリア人は重症のユダヤ人を憐れに思って、近寄り、傷を手当てして、自分の家畜に乗せて、宿屋に運びました。サマリア人は宿屋の主人に2日分の賃金を渡して、ユダヤ人の介抱を頼み、費用がもっとかかったら、帰りがけにさらにお金を支払うと言って旅立ちました。さて、本当の隣人となった人は誰でしょうか?」

 



 フィンセント・ファン・ゴッホ「善いサマリア人」1890年 油彩・画布73 x 60 cm クレーラー・ミューラー美術館 オッテルロー GOGH, Vincent van The Good Samaritan 1890 Oil on canvas, 73 x 60 cm Rijksmuseum Kröller-Müller, Otterlo

 
ゴッホは、ドラクロアの「アラブの馬」の絵をモデルにこの絵を描きました。間近にこの絵を見て気づきましたが、左手には通り過ぎていったレビ人と祭司の姿が描かれています。



ホセ・タピロ・バロ「善いサマリア人」油彩・画布188 x 241 cm Jose Tapiro Baro The Good Samaritan Oil on canvas 188 x 241cm