システィナ礼拝堂は旧約聖書のソロモンの神殿の寸法に比例する形で設計されている。古い礼拝堂を現在の形にしたのはシクストゥス4世で、その名前にちなんでシスティナ礼拝堂と呼ばれる。左右の壁は彼の命で15世紀の天才画家たち、ボッティチェリ、ペルジーニョ、ギルランダイオ、シニョレッリなどによって、モーセ伝、イエス伝が描かれた。天井画はシクストゥス4世の甥にあたるユリウス2世の命でミケランジェロによって描かれた。二人の教皇たちの出身がローヴェレ家だったので、その紋章のどんぐりの装飾があちこちに見られる。

 ミケランジェロは天井画の四隅にイスラエルの救いの出来事を配置している。モーセの青銅の蛇、ダビデの巨人ゴリアテへの勝利、エステル記のハマンの処刑、ユディトの敵将軍の殺害だ。そして、異教もイエス・キリストを指し示したとする新プラトン主義の考えから、周辺に異教の巫女と旧約聖書の預言者を交互に描いている。中央には創世記の物語、天地創造、アダムとエバの創造、蛇の誘惑と人間の堕罪、ノアの洪水とその後を描いている。

 また、祭壇正面にはミケランジェロの最後の審判が描かれている。救われる者たちがキリストと聖母マリアのいる天に引き上げられる一方、滅びる者たちが悪魔によって地獄に引きずり下ろされている。その境に皮をはがされた聖人の皮があるが、一説にはその皮がミケランジェロの自画像と言われる。

 システィナ礼拝堂には聖職者と一般人を分ける仕切りがあるが、私はこの仕切りに座れる所が礼拝堂を見渡せる特等席と考えている。

 余談だが、一時、左右の壁画の下にはラファエロ図案によるペトロ伝、パウロ伝のタペストリーが飾られた。その費用はミケランジェロの天井画に支払われた額の何十倍もしたと聞く。そのタペストリーは現在ヴァチカン美術館の絵画館にあり、その下絵はロンドンのヴィクトリア・アルバート博物館にある。