新しい年が明けた。平成も、はや二十一年目を迎えていた。平成は、幕開けから不況の呪縛につきまとわれた。平和なだけでもありがたい、そう言い聞かせて生きてきた歳月であったが、この年こそは、息子の将来がかかった、まさに正念場であった。手にした賀状の<謹賀新年>の文字が、白々しく感じられるほど、追い詰められた幕開けであった。
節分も過ぎたある日、願ってもないような情報がもたらされた。提供者は、理工舎時代、大きな恩義をもらった三木本氏であった。
「三木本さんの義兄が<みつまた>っていう紙商をやっていて、彼、今はそこにいるんだそうだ。そこの倉庫が老朽化していて、建て替えの話が出ているっていうんだよ。大した工事じゃないけど、営業に来てみたらどうか、自分も、最大限の口添えをするっていうんだよ」
小谷野の顔に、生気が感じられた。打ち水をされた庭木のように、キラッと光っていた。話を聞いた妻の胸にも、一足はやく陽光が差し込んだ。この可能性に、掛けるしかなかった。
夏がやってきた。工事の件は、まだ成約に至っていなかった。他社の参入もあり、まったく予断は許さない状況だった。吾朗は、辛抱強く<みつまた>に足を運び、息子は、受験勉強に身心ともに囚われの身となっていた。親子ともども、天下分け目の夏の陣であった。
この難局をどう乗り切れば良いのか、我が身の処し方を考え抜いた。そして、受験に関しては、本人の意識に任せるしかないという、もっともすぎる結論にたどり着いた。ここ一番はいつもひとり、身代わりのきかないのが人生であった。
一切の口出しを控えたことが功を奏したのか、ヌーボーと生きていた息子の闘争心に火がついた。目を疑うほどの変貌ぶりであった。