(ああ、嬉しい。もうじきボーナスだわ。死ぬほど恥ずかしかったけど、頭を下げて戻って良かった。戻るは一時の恥だけど、一度落ち込んだ貧乏の穴からは、簡単に抜け出せないもの)。デスクで、原稿に赤字をいれながら、屈辱を代償に取り戻した安定に酔いしれていた。
(もう二度と会社を辞めたりなんかしない。月が変われば、判で押したようにお給料がもらえて、半年我慢すれば、ボーナスがもらえるんだから、こんなに有り難い話はないわ。拾ってもらったんだから、しっかり仕事をして恩返しをしなくちゃ。だけど、知っている人が一人もいないのは、寂しい限りだわ。浦島太郎そのものじゃないの。あれ…、でも、本当かしら? 私、本当に会社に戻れたのかしら…)。目覚まし時計が鳴り、やはり夢だったとわかっても、しばらく起き上がることができなかった。
(私という人間は、こんな惨めな夢を見るために生まれてきたのかしら。子どもまで与えておきながら、生存を脅かす神の意図がわからない。ショー君はまだ五歳、この先、一体どうなってしまうんだろう)。小さな空間に、パッチワークのようなお弁当を作り終えた時、抑えていた涙がクマのプーさんの蓋を濡らした。
「今朝ね、理工舎に戻ってボーナスが貰える夢を見たわ。情けなくて、今日は落ち込んでいるのよ」
納まりのつかない感情をぶつける相手は、小谷野をおいていなかった。
小谷野が、コンピューターの電源をパチッと切り、向き直った。
「やけにため息をつくなと思っていたんだけど、夢のせいだったのか。いやあ、実にお互い様だね」
「お互い様って?」
「やるせない夢を見たことがあるんだよ。それも、一度ならずね」