若い母親が、赤ん坊を対面で抱っこして、三、四歳の女の子と絵本を選んでいた。心が騒ぐ光景だった。(うらやましい。でも、私とは縁がない世界。望めば望むほど、遠ざかって行く世界だわ)。見て見ぬ振りをして、足早に通り過ぎ、まっすぐに美術の書棚に向かった。
目に飛び込んできたのは、背の高い画集の間にはさまれて、ちょこなんと並んでいる一冊の単行本だった。『道はあとからついてくる--家計簿にみる平山画伯家の足跡』・平山美知子とあった。美術に造詣は全くなかったが、かの平山郁夫画伯に違いないとすぐにわかった。(へえ、あんなに有名な画家の奥さんでも家計簿をつけていたのか…。お金なんて。いくらでもあるだろうに…)。好奇心から手に取り、パラパラとページをめくるうち、目が釘付けになるような下りに出会った。
私たちにとって、生活とは、戦争なのですから、泣きごとは言えません。
ごくふつうの家庭を選んだのではなく、絵描きとともに暮らす生活を選んだのだから、夫は絵で自己表現するしかないし、その妻は、その夫に、ただ、ぶら下がっているのではなく、夫を支えて、ともに歩いていかなければならないのです。世間の親が味わえる喜びにひたっている余裕は私たちにはないのです。
自分たちの状況とあまりにも酷似した平山家の実情がそこにはあった。光栄とも思える相似に、寒気さえ感じた。(世間の親が味わえる喜びにひたっている余裕は私たちにはないっていうのは、つまりどういうことなんだろう…)。心が、はやった。