第3章 安田講堂 (10) | 3.5次元の不倫

3.5次元の不倫

この本は恋愛と人生についての小説ですが、
ひきつづき児童書(英語の対訳付)を書きました。
おたのしみに!

様々な思いを抱きつつも、自分自身はノンポリを通した。警官の娘であった事が唯一にして最大の理由だった。しかし、これという技術も資格も自信もないままに社会に呑み込まれていく己が身と彼らとは、等身大に重なり、この歌を聞くたびにえぐられるような切なさに襲われたものだった。

学生達が髪を切ったように、主張をトークダウンさせてしまった人達の生き様が哀れでならず、その人達との会話を意識的に避けるようになっていた。やがて、先達の後を追うように小谷野さんも課長に昇格し、組合を脱退した。<髪を切った>彼は、住む世界が違う人となり、それぞれが意地になって自分の生活を生き抜き、時が流れ去って行った。

「こうやって振り返ってみると人の縁というのは、人智を超えているね。反目していた者同士がここにこうしているんだから」

「人を理解するには、たっぷりとした時間が必要なのよ。ショー君にも、さり気なく言ってあげなくちゃね。愛だけはインスタントじゃだめよってね。それにしても、敵意丸出しのつっぱり姉ちゃんに、よく声をかけようなんて思ったものね。私の事なんか、放っておけばよかったじゃない」

「いや。僕はね、貴女が入籍だけで結婚式を挙げなかったっていう話を聞いた時から、このお姉さんは並大抵の人じゃないと思っていた。だから、他の人はともかく、貴女にだけは誤解を解いておきたかった。一言で言ってしまえば行間を話したかった。表面的なのは、行間の苦しみから出ていると思っていたから。だから、ずっと機会を狙っていたんだ」

「それが、あの日だったのね。潜在意識の底で改革を求めていた者どうしが接点を持った。あの日が、私達にとっての安田講堂だたんだわ」

「まさかここまで運命が大転換するとは考えてもいなかったけどね。正直な話、途中であせったよ」

「そうでしょうね。お気の毒に」

顔を見合わせて、思わず苦笑いした。

鼓膜を突き抜けて、

「ご新規二名様、ご来店です」という声が蘇ってきた。やきとりの煙が目にしみた