第3章 安田講堂
「バイト、何をやっていたの?」
「クラブのボーイ」
「ええっ! クラブのボーイ!」
箸を持つ手が、止まった。
夏の長い休みに入っても、アルバイトを理由に、息子はなかなか顔を見せなかった。
<金>という魔物は、いつまで親子の触れ合いに水を刺すのかと、地団太を踏む思いだった。高校に入る頃には、きっと、大学に入るまでには「必ず好転させる」と深く心に期し、努力も怠らなかったつもりであったが、好転の兆しはなかった。
加えて、博士の訃報が体調面の心配を加速させていた。精神の耗弱が死の引き金になったとしても、ずさんな食生活がその死に影響シテいないはずはなく、あれこれ考えると、いても立ってもいられない心境であった。
八月も半ばとなったこの日、息子はようやくにして帰省した。ウジウジとした親の心配をよそに、都会のエスプリを存分に発散させて、輝いていた。
「元気そうね」広い背中におずおずと手を当てた。
成年期に入ってから、息子の存在は、思いを寄せつつも、近寄りがたい異性のごとくであった。時として、声をかけるのも躊躇する有様であったから、身体に触るなど絶えて久しく無かった。しかし、この日は息子の温もりを感じ取りたいという、欲求がためらいを遥かに凌駕したのだった。
「元気だよ」息子は照れ臭そうに笑った。幼いころの面影を残す笑顔だった。涙が、にじんだ。