昔から私は自分に強い印象を与えたものを夢に見る体質である。映画のシーンの忠実な再現だったり、時には様々な物の要素が入り混じったいまいち説明のできない夢だったりする。

 自分で覚えている限りの一番最初の夢は、まだ5,6歳のころに見た。それ以前も見ていたのだろうが、なんせ夢だ。すぐ忘れる場合のほうがはるかに多い上に、よほど強烈な印象がない限り記憶に残らない。しかし、その晩に見た夢は鮮明に覚えている。いつものように、母と妹と寝室で寝ていたところからその夢は始まった。いや、実際はいつから夢の世界に居たのかはいまいちはっきりしていない。現実世界でも私は母と妹とともに寝室の床にひいてある大きめのマットレスに寝ていたわけなので、正直なところ「夢だ」とは自覚していなかった。

 私はそのころ人一倍元気が有り余っていて、夜も遊びたくて仕方がないというような子供だったので、その日も母と妹が寝ても、私は起きていた。マットレスの上をゴロゴロしたり、ぬいぐるみをいじったり、いつものようにまだ来ぬ眠気を待っていた。しかし、その時、いきなりリビングのほうが何か騒がしくなったのだ。そのころの私はいつも、夜になっても寝たがらず、何かと理由をつけては寝室を出ていたため、夜中に部屋から出ると夜遅くまで起きている父に怒られるということを身にもって知っていた。しかも、父は一度起こると物を投げたりしてしまうような人だったので、いくら騒がしいといえども、怒鳴り声がするところに突撃するなどという愚かな行動にはでなかった。 だが、あまりの騒動に、どうしても気になってしまい、音をたてないようにそーっと片目だけでも外をのぞける程度にドアを開いた。

 ドアの隙間からはリビングが見え、騒動の原因と思われる父はあろうことか包丁を構えて立っていたのだ。相手は、その当時よく見ていたアニメーション、『ピーターパン』の悪役、フック船長。ディズニー版の悪役に父が包丁に立ち向かう絵は今思い返すとずいぶんとおかしいものだが、その時はそんな違和感も持たなかった。トレードマークである義手も、頭に乗っている大きな赤い帽子とそのつばから除く大きな羽が忠実に再現されていたのは覚えている。なんでフック船長が居て、彼に父が包丁を向けているのかはわからなかったが、そんなことを疑問に思うこともなく、ただ恐怖で動けなくなっていたと思う。

 しばらく父は何かと怒鳴り、唐突に包丁でフック船長にとびかかり、きれいに頭から足まで、半分に切りつけた。しかし、切り口からは血は一滴も出てこず、代わりに蛇が脱皮するかのように左右にパカッと割れ、中から何のダメージを負っていないフック船長が出てきたのである。それからも何度も父は法相を振り下ろしてフック船長を切るが、何度も体が割れては、中から漂々とフック船長が出てくるのだ。

 しばらくすると父も疲れはじめ、そこから何が起こったかは思い出せない。しかし、夢の中の私はひどくおびえ、近くで寝ていた母の太ももにしがみつきに行ったのは覚えている。そして、そこで起きたのだが、その時の姿勢が、母の太ももに抱き着いたままで、例外はその足を涙でびしょびしょにしていたことだけだった。

勿論、しばらくは恐怖心から母の太ももにしがみついたままだったのだが、しばらくすると勇気を振り絞ってほんの少しだけリビングへと続くドアを開けて、外をのぞいた。そこにはいつものように長椅子に持たれた姿勢で何やらパソコンに打ち込んでいるいつもの父の姿があった。ひどく安心したが、それからまた眠りにつくまで時間がかかったのは言うまでもないだろう。

 

 このような、思い返せばなんともシュールな夢が私の思い出す限り、物語などに影響されている最初の夢であるが、ほかにもおかしい夢は多く見た。漫画『ルパン三世』を読んだ晩は、不気味なスーパーの中で顔がただれている悪魔のようなピエロ数人に追いかけられ、友達数人とショッピングカートに乗って疾走する夢を見た。追いかけてくるピエロ達もショッピングカートに乗っていて、私と友人たちは必死に出口に向かって走っていた。やっと出口から出ると、外の空は薄暗い灰色で、後ろを振り向くと大きなピエロの顔があって、その口から私たちを負うピエロを乗せたショッピングカートが飛び出た。不気味なピエロの顔型のスーパーと、追ってくるショッピングカートに乗ったピエロ。背後から突進してくる恐怖は私が今まで見てきた数多くの夢の中でも指折りのホラー体験である。

しかし、正面に向き直したら、目の前にはガードレールがあった。道路自体はグネグネと山を下りていっているようで、ガードレールの向こう側、数メートルの崖の奥には下へ向かう道路が見えた。そして、何を思ったのか私と友人たちは、何の躊躇もなくガードレールと突き破り、反対側に見える道路までショッピングカートごと飛んだのだ。見事に反対側の道路に落ちることができ、そこからスピードを落とざす、急いで下山するべく道路を下った。そこで私は起きたのだが、しばらくは恐怖で頭も動かなかった。だが、あとから考えてみると、謎のピエロとショッピングカートはともかく、ガードレールをぶち破り、反対側の道路まで飛び移るシーンは見覚えがあった。そう、『ルパン三世』の逃亡シーンで、警察から逃げるルパンが、そのようなことを愛車でしていたのである。

 

 ここまで物語に影響されやすい体質なら、逆にそれを利用して自分の見たい夢を見ようという野望も、一時期は抱いていた。寝る前に自分が夢で体験したい物語の本を念入りに読んだり、枕元に置いてみたりもした。しかし、あまりうまくいったためしはない。ほとんどの場合、(覚えていないだけかもしれないが)夢に出てこなかったし、何かの奇跡で実際夢に出てきても、自分が悪役だったり、様々な物語と全く関係のない要素が入り混じってもはやわけのわからないものになっていたりした。どうにもうまくいかないものである。

 しかも、時がたつにつれ、大体夢に出てきて、なおかつ起きても覚えているものの多くは高確率で自分が恐ろしく思った物語や、「苦手」と思うようなシーンばかりであるということに気づいた。幸せなものもたくさん見ているが、そんな夢ほど起きて数分間は覚えているのだが、そのうち消えて思い出せなくなる。怖い夢ほど残り、鮮明に思い出せるのだから質が悪い。そんな「夢事情」から、私は自然と観るもの、読むものには気を付けるようになった。

 だが、ここ数か月は、いろいろと忙しかったこともあったからか、そういった夢はあまり見なくなった。一年前、知り合いの方と和歌山に行ったときに見た夢が最後で、その夢も怖かったが、特に何かの物語に影響されたものではなかった。夢では一人で乗っていた電車がいきなりジェットコースターのような動きをして、落下するときに叫んだというシンプルなものであった。だが、その時の感覚があまりにもリアルで、実際に短い悲鳴を上げて一瞬だけ起き、また何事もなかったかのように眠りに落ちた。隣の布団で寝ていた知り合いの方には夜中にいきなり悲鳴が聞こえ、横を見ると私の脚が布団を持ち上げていて、その後空気が抜けるようにまた元の体制で寝始めたと言われた。私自身はただ叫んだだけかと思ったが、実際は全身で落下の恐怖を感じていたようだ。我ながら迷惑な奴だ。「ジェットコースターのスリルをタダで味わえるからお得じゃん」と母には言われたが、残念ながら私は高所恐怖症。ホラー体験でしかなかった。

 

 その以後に見た夢は、主に起きたらぼんやりとしか思い出せず、そのうち記憶から消えるものばかりだった。思い出せる夢が高い確率で怖いものばかりという事実を考えると複雑だが、こうも長い間夢を思い出せないでいるとちょっと残念にもなってくる。なんせ、夢の中の世界は怖くても楽しくても覚えていたいものが多く、夢の中の、自分でありながら、完全に「自分」とは言い切れないほかの人物になっている時の心地が好きなのだ。

 

 ひそかに、できれば楽しい夢をまた見たいな、と頭の片隅で思っていたが、一昨日の晩、それは思いにもよらない形でかなった。よりによって、塾に進められるままに読んだ芥川龍之介の『羅生門』が舞台である。

 大学生でありながら、『羅生門』を読んでいないとは何事か、と思う人もいるだろうが、小・中・高がすべてフィリピンのインターナショナルスクールだった私は日本の文学には疎いのだ。住んでいた地域があまりにも田舎だったため、日本語学校はなかったし、そのころのネット環境は最悪で通信教育は不可能だった。そんな私は当たり前ながら日本の文豪に触れる機会はなかった。

 大学二年目にしてやっと一息とれるようになってきた今なって、日本のクラシックにも触れたい、と純粋に思い先生に勧められたのが芥川龍之介だったのだ。「短編で、どれも素晴らしいから」と、言われ、特に『羅生門』と『鼻』がおすすめだと教えてもらった。

 

 そして、私は早速塾の帰りに本屋に寄り、本を購入した。開くとちょうど『羅生門』が最初の物語として記載されていて、帰りの電車で読むことにした。自分の知らない単語や表現は親切に解説ページで一つ一つ丁寧に説明してあって、それを一生懸命物語と照らし合わせながら読んでいたが、単語の難しさに頭が痛くなるだけでなかなか進めなかった。そのうち妥協してわからない単語はぼんやりと読み飛ばして読んでみると、ところどころ混乱することがあっても大体の物語が浮かんでくるようになった。雨の羅生門や、不気味な老婆。特に老婆が女の死体から髪を一本一本抜いている描写を読んでいると本当に電車の中にいることに感謝した。自分の部屋で読んだらさぞかし怖かったに違いない。

 短編だったのが、救いだろう。きっと一冊の本にもなる長さだったら、読み切れなかった自信がある。過去に、『羅生門』以上に残酷な描写や、怖い風景などたくさん読んできたはずなのに、背筋が冷える思いだった。シンプルにも人の心の弱さなどが描かれていたからだろうか。わからないままに家に着くまでに読み切った。

 

 帰ってからは次の日が提出期限のレポートに取り掛かった。ぎりぎりまでレポート課題があったことも忘れ、たまたまスケジュール帳を確認したときに思い出したため、ほとんどかけていなかったのだ。幸いにも、レポート課題はパソコン技術やネットを使いこなすための授業のものだったので、内容よりも書式や、送り方などのマナーを重視する者だった。ほかの学生なら一時間や二時間で終わるような簡単なものだが、私としてはあと一日ほしいところだった。

 しかし、どんなにわめいても時間は有限。夜まで頑張ったが、夜中の12時にもなると疲れてしまった。一休みしようと、目覚まし時計を2時に設定して仮眠をする決意をし、とにかくさほど寒くもないのでお腹の周りにだけ毛布をかぶせ、そのまま寝た。

 

 何が原因かはよくわからない。そもそも『羅生門』が思いのほか恐ろしかったのは原因として大きいが、ほかにも数日間、かなり寝不足だったのも関連するだろう。ついでに、部屋が冷え込み、毛布をかぶせていなかった足が冷えてしまったのも考えられる。様々な要素が混じり、ちょうど『羅生門』を舞台にする夢を見るにはちょうどいい環境が整ったのだろう。だからこそ、私は気づいた時にはろうそくの火の光のようにゆらゆらと揺れる橙色の明かりがぽつりとついた薄暗い陰気な空間に居たのだ。

 木造つくりの大きな空間は広い屋根裏にも似ていて、揺らめく光だけではそのぐらいしかわからない。体をむしばむような寒さが這い上がってくるように、冷気が立ち込めているようにも思えた。何か周りにおいてあるようにも感じた、その時は何かわからなかった。あとから思い返して、『羅生門』の世界を忠実に再現していたのならば、死体の山だったかもしれない。かなりちぐはぐでいまいち夢で再現しきれなかったのは、ちゃんと読み込めていなかったからか、想像力が足りなかったからかはわからないが、不幸中の幸いだったのかもしれない。光が当たるところしか見えず、陰になっている部分は果てしない暗闇が続いているようだった。自分がどのような心境に居たかは思い出せないが、気づいたら暗闇から人影が飛びついてくるように私に襲い掛かり、その瞬間一気に恐怖心が流れ込むように私は叫んで起きた。

 

 かなり短い悲鳴だったが、私は久しぶりの夢に鼓動が収まらず、しばらく呆然としていた。気づいたら布団から出た足は冷えていて、まだ目覚ましも鳴っていない。ずいぶんと短い睡眠に頭を抱える思いで、とにかく布団を頭までかぶった。起きた瞬間は何が原因であのような夢を見たか、混乱で分からなかったが、いったん考えれば答えは明確だ。昼間、電車で読んだ『羅生門』が、自覚している以上に心に残ったのだろう。

 それから布団から出る勇気がなかなかでなかったので、あきらめて朝の四時まで二度寝をして朝早くからレポートに取り掛かった。締め切りはすぐそこだったが、正直それよりもまだ夢の恐怖のほうが勝っていて、ずっと背後を気にしながらパソコンに向き合った。

 

 あれから一日、改めて夢を思い返す。夢をよく見る体質は仕方がないし、世の中自分の思い通りにはならないのもわかるが、よりによって『羅生門』を基にした夢を作り出す自分がどうにも腹立たしい。本を読むだけであれほど背筋が凍るような思いをしたのだから、夢にまで出す必要はないと、自分ならわかりそうなことだが、なぜこうも鮮明な夢を作り上げるのか。どうせなら、最近読んだ魔法の世界や、大空を飛ぶといったファンタジーな世界の夢も見たい。どうにもうまくいかない夢の世界に、ため息をつきたい気分だが、これも言い出したらキリがない。なんせ、私の人生、そんな夢を見るたびに同じようにため息をついているのだから。人間の心の弱さや、恐ろしさを鮮明に描いた作品に感銘を受ける反面、今日もまたもう一度開いて読むべきか、封印すべきか悩む私である。