幼い頃の私は、元気を体現したような子供だった。朝起きたら夜寝るまでじっとしていられない、そんな子供だ。学校ではどうしても人見知りが力を発揮してしまい、あまり目立ったことはしなかったが、近所では、友人と朝から夕方、太陽が沈むころに両親に大声で晩御飯のために呼ばれるまで、遊んでいた。黙ってじっとすることほど苦痛なことはなく、とにかく落ち着きがなかったため、母は「どんな子に育つのだろうか」と一時期不安にもなったそうだ。

 

 そんな落ち着きのない私にとって、一番退屈な時間は寝る時間だった。「寝る時間」と言っても、私にとって苦痛だったのは寝るまでの時間である。明かりのない部屋で、布団でじっとするこの時間はとにかく退屈で、体力だけ有り余っていた私に、寝転がれば都合よく眠気が訪れることはまずなかった。その結果、寝るまでの間、いかに遊ぶかが私にとって課題となり、日々暗闇の中で部屋の外の両親に知られずに遊ぶ方法を試行錯誤していた。

 

 幸いなことに、私には二歳年下の妹がいたため、遊び相手には困らなかった。毎晩、床にマットレスをそのまま置いて薄いシーツを敷いただけの布団に寝転がって夏用の毛布をかぶれば、母が部屋の電気を消し「お休み」といって寝室の扉を閉める。私はしばらくの間はじっとしているのだが、母が寝室から離れたと確信を得ることが出来たら、真っ先に隣で寝転がっている妹に小声で「遊ぼう」、と誘うのだ。とは言っても、私と違って妹は寝転がればすぐ眠れるような子供だった。大概最初は私の誘いに乗ることはなく、めんどうくさそうに断るのだが、何が何でも寝たくなかった私は、毎回妹も遊ぶ気が起きるようにある時はかくれんぼを提案し、また別の時は相撲ごっこをするために毛布で興味を持ってくれるようしつこく誘った。そのうち妹が根負けして、一緒にひそひそ声で遊び始める。しかし、遊んでいるうちに熱中して言動がうるさくなってしまい、母に勢いよく寝室のドアを開かれるとともに倒れるように寝たふりをして怒られる、という一連の流れが毎晩行われた。

 

 もちろん、母に扉を開けられ、ひと声喝を入れられれば、妹の方はまた寝る体制に入る。怒られても寝たくなかった私は、懲りずにしつこく遊びに誘うのだが、成功率はあまり高くない。するとやることのない私はまた退屈しのぎを探さなければならないようになり、部屋の壁のペンキをぺりぺりとはがしたり、天井の染みを観察したりし始め、気づかぬうちに寝ていたのだ。

 

 これに対し、母が一緒に寝るときは妹を遊びに誘うことも難しかったため、もっと退屈だった。横で寝ている母は私がバタバタと暴れたらすぐに気づいて叱ってくるため、最初から壁のペンキはがしや天井の染み観察をしなくてはならない。妹も私のようにすぐに寝られない体質だったらよかったが、実際はすぐ寝ていたたうえ、私が遊びに誘うのを見越した母が間にいたため、なにもできなかった。そうなると外で遊びたい私は何かと理由を付けて部屋の外に出るようになり、ある日はあまりにも何度も理由をつけては部屋を出る私に短気な父が切れてしまい、殴られてしまったことがある。

 

 しかし、これほど寝たくなかった私でも、朝まで一睡もしなかった日というものはなかった。どんなに頑張ってもある一定の時間を超えれば眠たくなるもので、気づかぬ間に寝てしまっているのだ。唯一正月の夜だけは12時の花火が終わった後に近所の人のごちそうを食べるために起こしてもらったが、それでも食べた後は再度寝かされたため、結局朝まで起きていることはなかった。

 

 このように幼い頃の私は、何が何でも寝たくない子供だったため、そのうち「夜中まで起きる」ことに強いあこがれを抱くようになった。寝室に入って母に扉を閉められると外にいる両親が何をしているかが気になり、特に客が来ている時は寝室のドアをほんの少しだけ開いて外を覗き見ていた。好きな時間まで起きている両親がうらやましく、何度も夜中まで起きることを目標に眠気と戦った。しかし、いくら寝るのが嫌いでも眠気に勝てることはなくて、毎回悔しい思いをしていた。

 

 「夜中」という経験のしたことのない時間を過ごしてみるのにとにかくあこがれを感じ、なんの根拠もなく楽しいに違いないと思っていた。実際、たった一度だけ幼い頃に、両親が寝室に入って寝る時間まで起きられたことがあり、その経験は今思えばなにも面白いことがなかったのに、なぜかとてもうれしく、ふわふわと不思議な感覚だった。

 

 そんな私だったが、いつしか「夜中」という概念に夢はなくなり、寝る時間が退屈だと感じることはなくなった。大学の課題で追われる日など、夜中まで起きるのは当然で、幼い頃の私では想像にもつかなかった、「一睡もしない」ときもある。いつの間には夜中に夢を感じることはなくなり、代わりに好きなだけ寝ることに夢を感じている。母が心配するほど落ち着きのない元気の有り余った私は今では逆に「どうしてこう育った?」と思われるほど寝るのが好きで体力のない女子大生である。幼い頃の私も、まさかこのようになるとは想像もしていなかったことだろう。

 

 いつしかあれほど夢が詰まっているように見えた「夜中」は普通の物になってしまい、その時間が昼の時間と大して変わらないことがわかるようになった。だが、たまに両親が寝る瞬間まで起きることが出来た晩を思い出すと、あの時の「夜中」はとても不思議で特別な時間だったと思える。幼い頃の私がうらやむほど好きなだけ起きている今の私だが、一番心に残る「夜中」を経験したのはやはり、寝るのが退屈で仕方なかったころだったと思う。