私は幼いころ、あらゆる昆虫が怖くないということが密かに自慢だった。貧しいフィリピンの村で育てば、それこそ昆虫自体、おぞましいものだという感覚は身につくことはない。血を吸う蚊や、大雨が降った次の日にどこからともなく現れる大量の羽虫などは好かれなかったが、大概の虫は、そこに居ても駆除されず、むしろ子供がおもちゃ代わりに捕まえたり、食料として好まれたりもした。そんな虫たちが、幼稚園から通い始めた裕福な家庭の子供たちが通う学校では大人を泣かすほど怖い存在だと知ったときは、不思議に思ったものだ。自分よりはるかに小さく、比較的無害な存在のどこが怖いのだろうか、と。

 

 普段から、勉強もスポーツも人一倍できず、クラスでも常に一番背が低くかった私にとって、一番強そうな男の子ですら怖がる虫が平気だということがうれしかった。蜂が部屋に入ってきて、先生ですら慌てる中、私だけ近くにあるコップなどで蜂を捕まえることができたときなどは、その一瞬だけ主役のようになった気分で、帰ってからも母に自慢した。

 毎年夏休みの間に、一カ月ほど日本に帰っていた間も、地元の小学校に通ったりしたが、そこでも同じだった。できる科目は英語だけで、他は授業で何を言っているのか理解できない。ついでにここでも一番背が低く、背の順で並ぶと常に先頭に置かれていた。それでも、周りの同世代の子たちが怖がる虫が、私は平気だということがうれしかった。そして、短い在学期間で、それを発揮出るのは、フィリピンの学校ではなかった掃除当番でだった。

 同学年の子たちが「怖いから」と避けていた、ちょっとした物陰などに張られている蜘蛛の巣を私は積極的に狩った。きれいになった後に先生や同世代から向けられる純粋な称賛が、どれだけ短くてもうれしかったのだ。そのためだろうか、私は大きくなっても蜘蛛の巣を見つけるときれいに取り払うのが、ちょっとした楽しみになった。

 幼いころから蜘蛛の巣をきれいにしていたら、大体どのような場所に蜘蛛が住み着くかぐらいは予想がつくようになる。窓の角や、あまり人の手がつかない天井など。新しい巣ほど透明で見えにくいが、古くなれば獲物の捕まえた跡などが残り、構造も複雑になって見えやすい。部屋などで見つけたらすぐに取り払い、蜘蛛自体はせめてもの情けとばかりに外に放り出した。蜘蛛にしたら、人の害にもなっていないどころか、部屋にいる蚊などを食べてくれているのにそんな待遇では、いい迷惑だっただろう。

 それでも、一度だけ、大きな蜘蛛の巣を見つけても取り払わずに逃してやったことがある。それは、家のベランダで、洗濯物を干している時に見つけた巣だった。手すりと、洗濯物を干すための線の間に器用に作られた巣はちょうど私の肩幅ほどの大きさがあり、毎日使うベランダだけに、「いつの間に作ったんだろう」と驚くような立派なものだった。図鑑などで見る、精巧な作りの巣で、前日の晩に雨が降ったからか、中心から放射線状に伸びる糸には今にも落ちそうな水滴のビーズがところどころについていた。豆粒ほどの灰色で丸っこい巣の主は獲物を待って、洗濯の線の方に隠れていて、まだ一匹も虫が捕まっていない新しい巣は、それだけで芸術品のように見えた。朝の太陽を反射して光る水滴と、光の加減で見えたり見えなかったりを繰り返す巣はあまりに綺麗で、取り払うのがもったいなく感じ、ほっておくことにしたのだ。

 結局、その蜘蛛の巣は翌日には「服を干すのに邪魔」と、父が取り払い、消えたのだが、今でもあの蜘蛛の巣は心に残っている。だが、その蜘蛛の巣を見たからと言って、私が蜘蛛の巣を狩ることを止めたわけではない。積極的に自ら蜘蛛の巣を探すことはなくなったが、見える場所に会ったら取り払ったし、それこそ大掃除などでは積極的に探して取り払ったりもした。もっとも、外で見つける巣に関しては触るのはやめ、ほっとくことにしたが。

 

 その後、あの時の蜘蛛の巣よりも大きく、立派な巣に巡り合えなかったわけではない。あの巣より大きく、立派で、それこそ巣の主も大きくて、美しい黄色の線が背中についているようなものも見つけた。大きな巣を、滑るように歩く黒に黄色の模様が付いた蜘蛛は本当に理科の教科書に載っていそうで感心したが、やはり美しさではあの豆粒ほどの小さな蜘蛛がいつの間にかベランダにはっていた巣には劣るのだ。

 あの朝、洗濯物を干している時にたまたま見た巣以上に「綺麗」と思う巣には、きっとなかなか巡り合えないのだろうと思ったが、意外にも先日見つけた。お世話になっている知り合いの先生に伊吹山に誘われ、着いていってもらったときだった。

 バスで一時間以上登った山上は夏を忘れるように涼しく、昼過ぎだというのに周りを取り巻く深い霧で下の景色は見えなかった。伊吹山の頂上では、もうそろそろ秋が訪れていると、バスで流された案内用ビデオが言っていたのを思い出す。頂上まで、ほんの少しだが、歩けるコースがあった。さんざんバスで寝ていたせいか、まだ思ったように動かない足を動かし、大きめの白い石がひいてある山道を歩いた。周りに咲く花々は、植物園や、人工的な花畑のような華やかさに欠け、全体的に緑と茶色一色のようだった。だが、整えられていない野原は、人工的に植えられ、考えられつくした形で花咲く植物園の花畑などと比べようになく美しいと思えるのが不思議だ。霧に消えてゆく野原の植物は様々で、そこに秩序はないように見える。少し息の上がる体を休めるために立ち止まり、横を見ると、見たことのない背の高めの茂みの間からはひょっこりと鬼百合が一本だけ華やかに咲き、その陰に蛍袋がのぞく。少し止まって周りを見ると、一見しただけでは気づけなかったほどいろんな花々が咲いていて、秩序ある華やかな花畑にはない、自然な魅力で溢れていた。

 茂みをよく見ると、植物の奥の方には苔で覆われた大きな石がいっぱい見える。気になって、目の前の名の知らない紫の花々を少し手で分けてみると深い苔に水がしたたり落ちているのが見えた。そして、その苔を覆うかのように、茂みの間を器用に使って作られている、ハンモック状の蜘蛛の巣が目に入った。

 午前中に雨が降っていなかった気配もないので、朝露だろうか。特に何の規則性を持っていると思えないような作りのハンモック状の巣には大きな水滴が何個もついていて、私が茂みを手で分けたことで、何個か下の苔へと落ちた。巣の主は見つけられなかったが、朝露の重さで少し中心が下がり気味の巣は伊吹山の野原にとても似合っていて、周りの花に負けないほど綺麗だ。少ししたら、壊さないようにと、ゆっくり茂みから手を放した。よく見ると茂みの中にはいっぱい似たような蜘蛛の巣があって、どれもおぞましさなんて微塵も感じさせない美しさがある。

家などで見つけると、古さや汚さの象徴にも思える巣が、ここでは景色に溶け込む自然の一部だった。本来は、そういう存在なのだろうか。それが、規則的な人工物にはひどく不釣り合いで、不気味に見えてしまうのだろうか。理由はわからないが、ここでは蜘蛛の居場所があり、むしろ自分が不似合いに感じられる。まっすぐ立ち上がり、もう一度野原を見渡すと、草むらの奥からウグイスの鳴き声が聞こえ、近くの花には名を知らない虫たちが群がる。きっと、自分の目に入らない場所にも、まだまだ数多くの生き物が生きているのだろう。

 

 自分の自尊心のために、無情にも取り払ってきたあの巣の主たちに、今更申し訳ないと感じてしまう。この山では、ほんの小さな空間を数多くの花々や虫、鳥たちまでもが共有し生きているのに、私は広い部屋を人以外の、指先にも満たない小さな無害な存在と共有する心すらなかったのだ。そう思うと、自分の心の狭さに驚くほかない。どこまでも自分勝手な行動ばかりしている自分に、私はこれからもこうやって気づいて行けるのだろうか。まだ気づいていない過ちに、気づくのは何年後になるのだろうか。考えると先は長そうで、タイムマシーンで、未来の自分に来て、直接教えてほしいと思わずにいられなかった。