たまには毒を吐きます。

たまたまこんな詩を読みました。
茨木のりこさんが書いた詩。

      「友人」
   友人に
   多くを期待しなかったら
   裏切られた!と叫ぶこともない
   なくて もともと
   一人か二人いたらば秀
   十人もいたらたっぷりすぎるくらいである
   たまに会って うっふっふと笑いあえたら
   それで法外の喜び
   遠く住み 会ったこともないのに
   ちかちか瞬きあう心の通い路なども在ったりする
   ひんぴんと会って
   くだらなさを曝け出せるのも悪くない
   縛られるのは厭だが
   縛るのは尚 厭だ
   去らば 去れ
   ランボウとヴェルレーヌの友情など
   忌避すべき悪例だ
   ゴッホとゴーギャンのもうとましい
   明朝 意あらば 琴を抱きてきたれ
   でゆきたいが
   老若男女おしなべて女学生なみの友情で
   へんな幻影にとりつかれている  

   昔の友も遠く去れば知らぬ昔と異ならず
   四月すかんぽの花 人ちりぢりの眺め
   とは
   誰のうたであったか


こういう考え方も分からなくはないけども、
もっと夢や希望を持っていたいです。
裏切られた!と思うことが何度かあったとしても。
諸事情で遠く離れざるを得ない親友ということはあるとしても、
常に近くにいる親友、いつも一緒にいる関係というのは否定したくないです。
この詩を好きだと言って公言する人とは、結局のところ、
価値観の違いがあって、うまくやっていけないのかもしれません。

ちなみに、同じ人が書いた詩で、自分が気に入ったものを。
厳しい指摘で、忘れてしまうことも多いと思いますが、
自戒の意味もこめて、心に刻んでおきたいです。




      「自分の感受性くらい」

   ぱさぱさに乾いてゆく心を    

   ひとのせいにはするな

   みずから水やりを怠っておいて

   気難しくなってきたのを

   友人のせいにするな

   しなやかさを失ったのはどちらなのか


   苛立つのを

   近親のせいにはするな

   なにもかも下手だったのはわたくし


   初心消えかかるのを

   暮らしのせいにはするな

   そもそもが ひよわな志にすぎなかった


   駄目なことの一切を

   時代のせいにはするな

   わずかに光る尊厳の放棄


   自分の感受性くらい

   自分で守れ

   ばかものよ