最近、答えが先の実験方法をよく見かける。
こうあったら面白く感じさせられる。など、如何に受け止める側の注目を集められるかに視点を置いてしまっている。仮説と結果を無理矢理結びつけようとして、その結果しか出てこないような実験手法を用いている。
また、ねつ造問題が露見したテレビ番組のように、結果とは違う答えを発表している事も多く見受けられる。
また、健康関連の商品でモニタの声なんて言うのも、殆どがその商品による効果ではない。
これは実験ではなく、エンターテイメントとしての存在価値しかもたない。
要は如何に人を欺けるかが、大きな価値として存在している。
 数ある実験は沢山の不一致から1つの一致を導き出す手だてであって、実験の数をすべて一致させる方法ではない。
また、仮説と結果の答えが不一致だた実験が失敗であった訳でもない。なぜなら、答えが不一致であるという回答が得られたからである。
 1つの実験から導き出される答えは、非常に狭い範囲であり、広い範囲を網羅する回答を導くには数え切れない実験を行わなければいけない。
また、1のファクターだけを変更し導き出された答えだからと言って、安直にパラメーターに出来るわけではない。
アクションを加えたファクターに追従して変わってしまうファクターもある。

1つの真実を証明する実験は多角から実証しなければならない。