進化論 “ダーウィンの種の起源”では、強い個体が弱い個体を淘汰して行き、結果的に環境に最も適した個体へ変化して行く。と言うモノであった。これを、コーヒーの販売方法や器具に当てはめるとどうなるのだろうか?最終的に残って行く個体は、より利潤の上がるモノが他のモノを淘汰して行く。これが資本主義の鉄則であり、勝ち組と呼ばれている。では、より利潤のあがるモノ、イコール品質・性能がよいモノなのだろうか。答えはノーである。特に現代の情報注入型社会に傾倒が大きくなるに従って、操作された価値観を植え付けられ、実際の価値を個人で評価できなくされてしまっている。たとえば、今現在一番評価されているドリップポットの性能は注水コントロールがベストなモノ(最もコーヒーを美味しく淹れられる)ではない。見た目が“かわいい”とか“○○さんが使っている。もしくは薦めている”と言った具合に、性能からはかけ離された部分の評価対象が高いほど淘汰して行くモノとなっている。本来、モノの評価は価格性能面でほぼイーブンなモノであれば、次の段階でデザインやカラーの選択をして行くのが順当である。この選択基準の順序であれば性能は進化方向へ傾倒して行く。しかし、この選択基準の順序が逆転されてしまうと、性能はないがしろにされて、どんどん退化の方向はなだれ込んで行く。現在は後者の方向に向かっているとしか言わざる終えない。性能面で評価でいない“絵に描いた餅”的なキャッチコピーの製品を購入してしまったら、是非、販売店なり、メーカーにきちんとクレームを上げて欲しい。このシステムが正常に作動する様になれば再び進化の方向へ傾倒して行くことになるだろう。