
火事場の馬鹿力は、本来、人が出す事の出来る限界の能力。しかし、常にこの限界能力を出力出来るように設定していては体の方が壊れてしまう。そこで、無意識のうちに限界点を低く抑え、壊れるリスクを下げている。
オリンピック競技の技量の向上も、実は筋肉や技術の発達より、一般的に広まってしまった概念の領域が少しずつ広がる事による部分の方が大きい。
トリックアートは、これを逆手にとって実際とは違った“線”“大きさ”“長さ”“距離”“色”など、あらゆる視覚情報を勝手に自動修正させて感じさせてしまうモノ。
普通の思考回路の人はまんまとそこにはめられてしまう。
条件反射も既成概念の一つ。口に入れなくても味がするモノが存在する。
“レモン”“梅干し”“レモン”“梅干し”“レモン”“梅干し”“レモン”“梅干し”
今、あなたの口の中は酸っぱくて、唾液がいっぱい出てきたはず!
過去に学習した“レモン”“梅干し”は酸っぱいと言う情報を勝手に引き出してきてしまう。
思い当たる味の条件反射は酸っぱいモノが多いように思えるが、鰻屋さんの前で香ばしい匂いを嗅いでも唾が出てくる。
“視覚”“聴覚”“臭覚”は味覚に大きく作用しているようにも感じる。
毎日、テースティングをしていると、色々な味・香りを分解して感じられるようになる。しかし、本当にすべての味が本当にある味なのか解らなくなるときがある。
また、“味覚”“臭覚”の区別が付かなくなるときが、多々ある。鼻孔から嗅ぎ分ける臭覚の差は判断しやすいが、口に入れた液体から鼻腔に逆流してきた匂いは???が良くある。特に酸味の強いコーヒーは逆流してくる匂いが強く感じるが、何処まで信憑性があるか自分自身でも解らない。
“レモン”“梅干し”を想像して、酸っぱくならない人はほとんどいないと、思われる事から考えてみて、数人のテースティングの意見が一致したからと行って本当に正しいのだろうか?
香味成分(コーヒー)の種類が非常に多く、概念を構築して行く事(学習)によって味覚を分解できる様になるわけだから、全く同じモノを飲んでも、実際に感じている味が違っていると推察できる。
また、香味成分のほとんどが、生豆の含有成分を加熱する事によって変化し生成される。しかも、それぞれの成分は異なった条件下で変化生成されると結論づけなければ、焙煎時の加熱ベクトルの違いによって現れる香味の違いを説明できない。
この事は例え、最高の香味に焙煎できたと感じても、加熱ベクトルを違ったモノに置き換えれば、更に優れた変化をさせる事が出来るかも知れない可能性を秘めている。
イコール、現状方法では“最良の限界点は誰にも解らない”と言う事が言える。
しかし、人は概念があるからこそ、人として生きていける訳であって、すべてを自身の中でコントロール出来る様にする事は不可能であると考える。
それが出来るのであれば、体内から出るホルモンをすべて自身でコントロールし、内臓の筋肉をもコントロールしてしまう、ある意味で究極の仙人となるのであろう。