今回のテーマは、
過呼吸を”翻訳”という面からみてみます。
今回は少し理屈なので、
あまり真剣に読まないでください。
(ここでの表現をすれは)
チベット語を知らない人は、
その言葉を聞いても、内容はわかりません。
ところが、
その言葉を日本語に翻訳すれば、
その内容はわかります。
これと同じように、
過呼吸になってしまった場合は、
ご本人は、過呼吸であることを頭では知っているが、
『体、頭、心』ではわかりません。
なぜかと言えば、
ここで言うことがわかれば、悩まないし、
問題も自然に解決するからです。
(わかれば、自ずと対策を立て、
解決の道に進むことができます。
ところが、わからない、あるいは知っているだけでは、
対策の実践をできません。
ここで、わかるとかできると言うことを翻訳できるといいます。)
さらに、
ここでの表現をすれば、
『体、頭、心』で過呼吸をわかれば、
問題は解決していきます。
そのために、
解決の対策は、
次のように進めていきます。
<続く>