諏訪は日本の丹田と 中山さんが講演で話されていましたが

8月26日 その開きのときに よもや自分が関わるとは思ってもみませんでした。


でも この流れは 今までの数年間の大きなまとめのような

タイミングのときだったので ミクシにまとめた日記と

今回諏訪開闢祭りの主催の深田さんのメッセージがそのまま

掲載されている 数霊屋 リンクしておきます。


で~ あのあと決まったみたいですけど~


今度117 ありがとうの日に 戸隠で講演会


その次の日 またまた わたしの生地である上田にて

深田さん 数霊講演会が 行われるようです。


どこまでも つながっているふしぎ。。。



では 8月26日の日記です。なんだか 夏のまんま旅してる感覚が 
時々襲ってくる一日があるの。

23日から昨日までがそうだったのです。


母のとこいって 話聞いて 
ビワの葉こんにゃく湿布して
遊びにきてた 姪っ子と連弾して
ご飯作ってたべて
空手に行く甥っ子ふくめ二人と 
名残惜しくて
たびたび だきあって別れて (きゃわいい~)
上田から松本まで こいちじかんを 帰ってきました。

次の日24日は 息子が高校の水泳部で大雨のなか
水温15度ちゅ~のに 市民水泳大会参加で
朝 えらく早くおきて オベント作って
そうして プールまで送って 帰ってきてからは
なんか ものすご~く
睡魔に襲われ だらだら~っと眠って
天からの夢をいくつもみてました。
向えにいったむすこちゃんはフライングもせず 泳ぎきれたことで
順位が下だったのを気にもせず
なんだか 朝の緊張と不安をのり超えて すっきり満足気でした。

いやあ また ひとつ 成長したね!

で 帰ってきて どろのように眠る息子が
かわいかったよ。

わたしは なんだか いつものごとく、
3日前直前行動なのか
宇宙からメッセージが入り始めて
諏訪大社前宮での8月26日にある 
諏訪奥の院の光が開くお祭りに自分も関わることを
感じ始めてました。

で 具体的には今わたしが住んでいる
須々岐水(がわ)神社のすすきが 今回の前宮の
お祭りに関わっている感じがしたので
お祭りの中心でメッセージを受け取って動いておられた
愛知県で数霊の符号から 数のメッセージの受け取り方や
歴史の真実や大切な封印が解ける場所や
日をひもといていらっしゃる
深田さんに連絡をとったら

まさに 深田さんは 
須々岐水神社と今回のお祭りのつながりを
探し当て
そのすすきを探していて
わたしが 神社の宮下のすすきまち町内会に
引っ越して住んでいること 須々木のことを話すと
お祭りの日に持ってきて欲しいと依頼があったのです。

須々岐水神社の境内には 片葉のすすきがうわっていて
そのススキはご神事に使われている様で
白い短冊に囲まれていました。

そのことは 前から気になっていたのですが。。。

ひょえ~ 神様に 諏訪からとばされたんかい。。。
とは うすうす思ってたけど
。。やっぱ ほんとかよ。。。


というわけで わたしも8月26日諏訪前宮に依頼をうけ
ススキをお渡しするため向うことが決定になりました。

8月25日
温泉に入って身を清めてから 
勇気を出して 須々岐水神社の宮司さんの家を訪ね
片葉のすすきをいただきに行きました。

宮司さんのおくさんがいらして
快く惜しみなくいっぱいススキをいただけましたうえに

お家に上げていただき 須須岐水神社やススキ氏いちぞくのこと
ススキがご神事に使われる由来などを
いろいろと話してくださいました。

このあたりは ススキの原だったやせたとちだったところを
開墾して稲作を伝播したところでした。
ススキはとってもやせたとちでも 強いので
繊細な稲が ススキのように 強く豊かに
育つようにと お祭りにはススキを祭壇にささげた
そうで 五穀豊穣を願う思いが託されていたとのことでした。

さらにいちど シナノの国との名もないころに
長野県の国府だったところだそうでした。

へ~

ススキ氏は けるのまおい という高句麗からの
渡来された方で和名をススキ氏と名乗ったそうです。

松本というところは 諏訪とまたカラーが違って
とっても海外交流っていうか
国際市っていう感じが今あるのね。


まあ 歴史のなかで いろんな時代の流れがあるので
その人の興味によって

で 全国からいろんなルーツをたどって
この神社に訪ねてこられるかたが いっぱいいるそうです。

わたしたちは 今年の夏至の日
須須岐水神社の若いお留守番を預かるお嫁さんの許可のもと 
この神社の神楽殿で 東京の恵比寿から鶴須賀先生を
およびして習った舞のワークの集大成として
これも5日前の鶴先生の夏至祭の提案で
急遽 諏訪と松本をはさむたかぼっち山で早朝と 
神楽殿で昼に奉納舞と平和の祈りをしました。

そのとき おくさんと宮司さんは
なんと 奥さんが死ぬ前に一度行きたいと思っている
北海道の利尻島に 5日間の行っていたそうで
これは 人生で初の長い旅行だったそうな。

もういっこは 国東半島に行きたいそうです。

舞のことも 喜んでくださっていました。
ほっとしました。

すごく縄文の遺跡が好きつながりで
意気投合してしまいました。

奥さんは
古墳群が出土したとき ご飯も食べずに
3日間発掘で ほりつづけてたそうです。
それほど 遺跡好きだそうです。

宮司さんがどんなかたか 奥さんがどんな方かも
こんな機会が与えられたことで
よくわかり これから とっても
こころやすくなりました。

夏至のお祭りは 一昨年からはじまった
地球のグリッドワークをともにした仲間たちと
熊野 戸隠 沖縄久高 玉城 
かきのはなひーじゃ うきんじゅはいんじゅ 八重山 でのことと
あと鶴先生のルーツ 奄美大島と
つながっていると感じてましたので
今回もそこからのつながりのある
みんなにもわたしが諏訪に行くことを
連絡しました。

そこにおりたいって思った長野県の方々で
時刻あわせしたり、のりあわせのうちあわせして

その日 諏訪に行きたいと これから東京のおうちを
引き払い 大分に帰るというお友達も偶然お祭りを知らずに
泊まりに来ました。

26日朝

以前から予定していた 和ヨーガは
すすきがわの河川敷きで 5時15分から
6時半まで 行いました。

少しうちは 雨が降っていたんだけど 川にいったら
やんでて 4人の方が集まって 総勢5人で
2008 8 26 8 8 足して 8の 日に
朝から ススキが流れて片葉になった 由来の川で
和ヨーガで緩みました。

この日は希望している方がいたので 以前に意図なく
その日に決まったの。

偶然にしても おもしろすぎ。。。

深田さんにも ひまりちゃん おもしろすぎ。。と
笑われました。


ご飯食べて 
諏訪に出発
途中で 地球のグリッドワークの仲間と
合流しつつ 乗り合わせて
諏訪付近で 県外の友人たちからも連絡はいり
そのともだちたちとも 合流しつつ
前宮に向かいました。

前宮では 本来の諏訪大社のお祭り
御射山祭が行われていて、そのお祭りが終わったら
全国から集まった人たちでの 民間のお祭りが
ゆるされました。

ただ 100人以上の人数が 予想以上に集まっていたので
神社の方から 話が違うということで
神殿前で儀式を行うことは 許されなくなり
急遽駐車場に祭壇を移すことになりました。

託されたすすきを深田さんにお渡ししました
ススキは 竹のつつにさされて 祭壇に中心に
そうして なんだか 直観でもっていった鶴須賀先生から
受け取っていた 天河神社の稲穂もお渡ししたら

鳥取三保神社のススキと ススキ水神社のススキ
の間に稲穂が実っている形で 竹のつつのところに
捧げられていました。

7月17日(天の河)銀河は開かれたって
ものすごく大きな声で 脳天に響いたけど
ここまで つながってくるとはね。。。


横沢さんの横笛の音で始まり

深田さんが 今回のお祭りでうけとった
お水の流れとススキと諏訪の和合の神事
いろんなン歴史の不調和人の心の不調和のすべてを水にながし 
ひとつの和合への太い流れへと 向う
神事のメッセージや 祝詞を詠唱されました。

それから 横沢さんが 笛を奉納されました。

あと磐笛も。。。グルグルの渦巻きのエネルギーを感じてて
そのとき風が吹いて あおっぽいような黒っぽいような龍神が
おりてきてるのを感じてました。


それから 全国の霊水をなのり上げた上 合わせました。
呼び出されて おそるおそるお水を一つのかめに
そそぐお役を 3人でするとこに入って
なれない手つきで心はこめてやられていただきました。

なんか このシチュエイションって 夏至祭のときと
一緒じゃんって 心でつぶやいてました。


それから 諏訪のお酒 真澄を 注いで
そのお水とお神酒を 
前宮に流れ込む清い川の流れのたもとから
川に注ぎいれました。

当初諏訪の4柱に注ぐ予定だった お神酒と
お水は 許可がおりなくて 清流に注がれました。
4柱につながるお水とお神酒が
前宮の川から 下流に流れていきました。


そうして 11面観音のお水をたたえる歌っていうのを
知ってる方からお聞きして 見ようみまねで 唄い合わせました。

そのあと アマリアの書いた詩でメロディーは「ふるさと」
を唄いました。


それから 一筆龍を書かれる 丸龍さんが
青龍をかかれました。
龍が紙から立ち上がっていくのを書かれる様子はすばらしい気迫でした


その龍を神社に奉納するそうでした。

(長 疲れてきた。)


記憶あいまい 
八重垣という歌も途中で歌ってました。

ご神事が終わったとき
深田さんに 深田さんはツアーの日程があり
あの稲と稲穂をたばねたものを
ススキ水神社に持っていけないので
奉納したあと ススキ川から流してくださいと
また 託されましたので 引き受けて
ススキと稲穂の束を受け取りました。

午後から 天地大神祭
諏訪の光を強めた お祭りが 場所を変えて行われてました。

わたしは久しぶりにあったKeikoと娘ちゃん、ももとさらと
Genとこの間のシェアリングやこの日のシェアリングしてて
お祭りの途中から会場にいきました。

深田さんのお話
横沢さんの笛とお話のあと


おこたんぺのジャグリングすごかった~
そうして ボロンの唄も光が降りてきてた。
 
そこに GENも今日前宮に来ることになって
助っ人参加になるといいなって思ってて
そうなったの。
3人になると また 新しい感じが生まれるのが
見てておもしろかったです~

最後 ちからづよいボロンの
実りの唄で みんな手をつないで
大きな和になって 踊りました。

みんなにこにこきゃあきゃあいって
笑いが起こっていたよ。

わたしは お祭りに
招かれた ボロンのりえちゃんと
3回目の再会で嬉しかった。
加藤くんとは4回目

会うたびに深くなっていくね。

りえちゃんとは 
アマゾンに住むシャーマンのクララのことでも
つながっているし 久高島での前世つながりもあるので 
今日も ゆっくり話して 深くつながれてうれしかった。


あと GENやkeikoと 再度の現場でのシェアリングで
二人の話から いっぱいきづくことがあった。

二人は それぞれの場所で
 仲間とBE GREENの活動 プロジェクトを
これから いろんなところで 広めていくよ。

あと お祭り終わってから
再結合っていうか 顔見知り程度に
軽く出会っていたひとたちと
もう一回深くつながる感覚が
りえちゃんたちみたいに、何人もと あった。

お祭りのあと 深く心に思っていることを
聞いたりしぇあしあってて 
助け合いつつ 唯一の宇宙のパーツである自分の役割を
果たすのを見守りあうファミリーっていう感覚がましたから。。。

あと 今回のお祭りを通して
たくさんのことを 感じたの。

自分の奥の奥の扉が開いたような感覚がある。

あそこに参加した人たちって
みんなそうかも。。。

自分との和合が一番先だもんね。
より自分自身と仲良く手をつないで
一緒に生きているみんなと手をつないで
でも 自分に正直にあらわして
違いは違いで受け止めつつ

でも 流れは全肯定で。。。受け止め祝福し
日常を大切にしていきたいなって思ったよ。


その日 お祭り終わったら 松本に帰って
まず ススキ水神社にお礼参りにいって
ススキと稲穂と捧げて祈りました。

それから 持ち帰って
すすきみず神社の奥の院がある 扉温泉に入りにいったよ。

源泉かけ流しのところで露天気持ちよくて
何かをやり遂げた感もあり開放された気持ちで
嬉しくって。。。
誰もいないし 泳いでました。笑われました。

いっしょにかえった 大分と埼玉のおともだちと
行ったの。

それから おうち帰って ご飯用意して食べてから
連絡はいったので 松本駅に 

小豆島に住んでて てんつくまんプロジェクトの
メンバーで 一円マンオレンジを迎えにいきました。

友人のメルマガで泊まるところを探してるときいたので
どうぞといったの。

日が変わって 26日に泊まることになったの。

彼は一円募金を集め 内モンゴル地区での植林の費用に当てるのと
全国を旅しながら 一円募金 一人の力は小さいけど
でも 一人が動いて それが 一億人になると
大きな力になることを 伝えたいと 旅しているそうです。

諏訪から帰ってきて ほとんど 朦朧としてて
申し訳なかったけど まんまのわたしで
話を聞かせてもらってました。

松本でてんつくまんの映画を上映した実行委員長の
なおは~♪が 来て 一円マンとゆっくり12時まで
話してたよ。

朝 6時ごろ起きたら 一円マンも起きていたので
一緒にさそって 埼玉からきてる さっちゃんと3人で
すすきがわにいって 川で一連の流れを感謝し、
今後を誓ったあと
稲穂とすすきを川にささげ流しました。

朝日が すごく強くて 
空がすごくきれいで澄んでいて 

光の強い朝でした。

一円マンもね。今年テンカワ弁財天のご開帳
薦められていってたんだって。

つながりを感じあえました。

それから 3人でもういちど すすきみず神社にいったの。


川で始まり川で 終わる 

サラスヴァティーな流れでした。

後で 彩雲が出ていたよ。

さっちゃんは この前のテンカワご開帳のときに
天河にいってて お札を買ってきてくださいました。

ありがと~

天河は日輪大弁財天で あまてらすのはたらきが
あるそうな。。。
そういえば マイミクばおばぶさんが映してくださってた
写真に日輪がうつっていました。

お祭りの前日に 皆が泊まられた場所も
下諏訪の神の湯で そこは そう 以前
弁財天のお祭りの日に 泊めていただいて
宿のおばあちゃんから 神の湯のかたがたが
諏訪にある弁財天の守り人だったと伺ってました。

弁天が夢枕にたち 
そこに温泉がわいてるのを見つけたお話も
聴きました。

あと黄金の光も降りてる感じがしてた
やっぱ エジプトともつながっていましたね。

はあ~ 長すぎ


自分の流れを整理しようとしたけど
とっても 長くなっちゃったです。


諏訪和睦の神事についての 


深田さん メッセージ、『数霊屋 本舗』


http://kazutama.jp/






http://kazutama.jp/