818 の 今日 
近くや遠くを旅する毎日を過ごして、松本に着地しました。

ひさしぶりに戻ったという感覚のなかで 安らいでいます。

ここは とても静かで 虫の音が心にしみます。

帰ってきてまっさきに 玄関先のひまわりを 玄関にいけました。

それから 倒れかけたコスモスの花を
 玄関外の友人からいただいた大きな壷にいけました。
すごく 素敵。

庭の片隅に赤くなってくれた ミニトマトも数回目の収穫。

お日様の光と天の雨と風をうけて 豊かないのちを感じる
味わいです。

ここに呼ばれて住み始めて 3ヶ月が過ぎました。
とても落ち着きますし リセットされる居場所です。 

旅には 7月26日 13の月の暦新年から でかけました。
いろんなところにいました。
行ったりきたりもしました。

諏訪 上田 松本 小淵沢 八ヶ岳界隈、 富士 箱根 横須賀 逗子 
東京、長野 北軽井沢 

この旅は 音や響きにたくさん出会いました。

東京 ミュージカル ミスサイゴン
上田ジョイント 生ライブ、源 そして 犬式、よかった。
井戸尻遺跡「時空を超える上弦の月野外コンサート 長屋,和哉さん 偶然の出会い
ミソギ神社 平和の祈り 東儀秀樹さん

体に耳も傾けました。

北軽井沢 まっちゃんのところで 
断食瞑想と和ヨーガ そして 整体もしていただき。
8月8日は 諏訪にて 
無限の体と心と魂を感じあう 和ヨーガ とシェア会を突如開催。
8月10日 11日は 山のぼりや旅疲れの友人たちに
こんにゃく湿布をしてました。2日目はよもぎを摘んで
はりながら こんにゃく湿布をしましたが なかなかよかった。

魂の声にも 耳を傾けました。
10日はチャネリングで たくさんの降る様なメッセを 
おともだちの守護の女神様から
おともだちたちに 伝えることとなりました。

神社にも呼ばれていってました。
富士浅間神社 北口 箱根神社 
そうして 江ノ島弁天様 龍神様と弁天様に呼ばれてました。

それから 家族とも 楽しくすごしました。

夫の実家にいって お墓参りしたり
平日だったのに、
母や兄家族や妹とも ゆっくりすごせたり。

母が調子悪かったので 旅のつれづれの拠点を
実家において いるときは ご飯作ってました。
お盆さんの用意したり。

移動の介助したり お茶飲んだり、ときどきオイルマッサージしたり

ほんとは そこにいるだけで
喜んでくれて 一ヶ月の間に だいぶ調子が整いました。
一緒に住んでる父や弟にも 余裕ができて 流れがよくなりました。

母は暑い夏 7月中旬に調子を崩していたのです。

弟のこどもの姪っ子甥っ子も夏休みで 実家にいたし
松本や諏訪にもこどもたちだけ 招いて
一緒に 薄川や 諏訪は砥川で 川遊びしました。

それから おともだちの娘さんも呼んで
お菓子作ってあそんだり 朝顔で色水作ったりしました。

一緒に川に入ってみたらば
お魚や蟹もいて 薄川は豊かで澄んだお水の流れでした。
この日は水着をきてこなかったのですが


諏訪の砥川では水着着用だったので

姪っ子甥っ子は少し深くなっているところで
何回も 川にとびこんで 流れを超えようと泳いでいました。
とても冷たい水なので 歯をがちがち言わせたら。

あたたまった岩のうえで 甲羅干しさせながら
それでも やりたくて 泳いでました。

諏訪の花火大会も見に行きました。
花火の音がど~んと おなかに響きました。
諏訪の懐かしいお友達や息子さんがとってくれた
すばらしい席で花火を見てました。

松本では 音文のフリマ手伝いながら
アフリカン太鼓のサブニュマと響いてて
こどもたちといっぱい遊んでた。

この夏 ほんと こどもとかおとなとか家族とか
とっぱらって
自分に還る夏だったなあ~

こどものころの今この瞬間の自分をわかっている感覚が
こどもたちといて とても強くなりました。


旅の間 とても自由でした。
どこにいても 誰といても とても自由でした。

何をしていても すべての感情や景色が鮮やかに見えて
いつも感覚が生きて動いていました。

夏の間 たくさんのおともだちとも会いました。
たくさんのおともだちとも 電話でも 話しました。

大切なシェアをしあいました。

ときどき 場所を大きく動いて 帰ってきて 立ち位置がぶれそうなときは
新年にヴィパッサナ瞑想を教わったので ゆっくりと 空である瞑想で
すわってました。 

そうすると 内側が とても静かになって ただそこにいる自分になって
繊細で微細な穏やかさの感覚に入っていけました。

そうして 何かが入れ替わった後や 新しい選択をするときは
いごこちの悪い心を 空に導いていました。

松本は わたしにとって 空でいれるところです。

空のままでいいと この土地に入ると 強く感じ始めます。

明日から また 旅の感覚を日常に生かしながら
ここでの 暮らしが ここでの「在る」ことが 始まります。