
大内裏における道場と太極殿の位置関係
平安京大内裏にあった建物のひとつに禁裏の道場がありました。桓武天皇はこの道場で武技を奨励していたともいわれており、宮中で競馬や騎射などを展覧する場として利用されていました。
この平安時代の道場は大内裏の太極殿の北西、宴の松原に隣接したところに建てられていました。そして現在の武徳殿も太極殿を模した平安神宮の北西に位置しています。このような故事に倣いながら武道の振興・発展を願う思いが、武徳殿の建設に込められていたのです。
武徳殿の建築様式は伝統的和風建築をベースにしながらも明治以後の洋風建築の影響を受けた「近代和風建築」となります。設計は当時京都府技師であった松室重光が手がけ、裳階(もこし)付きの切妻造の和風外観ながらも洋式の建物構造を採用しています。ちなみに松室重光は京都ハリストス正教会聖堂(京都市指定文化財)や京都府庁舎旧本館(国重要文化財)などを手がけた京都府出身の建築家です。
大正2年には玉座と車寄が亀岡末吉(京都府技師)によって増改築され、その後も小規模な改変はありましたが、昭和60年からの修復工事で大正時代の姿に復元されています。

武徳殿南門
武道センターの南側にある武徳殿南門は、幕末期に京都の治安維持につとめた京都守護職の御用屋敷門でした。御用屋敷は現在の京都府庁内にありましたが、大政奉還に伴い慶応3(1867)年12月に廃止されました。その後御用屋敷は取り壊され、今は京都府庁内に石碑を残すのみとなっていますが、御用屋敷門はここ武徳殿の南へ移築されました。
この武徳殿南門は、京都守護職の往時の面影を偲ばせてくれるもののひとつとなっております。
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詳しくはこちら
と、ここに転載してしまうくらい
その武徳殿の建築様式ラブなんです、私。
はい、日本建築が好物の
私の思い入れです。
加えて、近くにあるカワミチ屋さんという
お蕎麦屋さんがいいんです。
こちらも和風建築でしかも美味しいです。
剣道仲間達や諸先生方と
行きましたね〜〜
まいう〜〜です。
でも、今年は参加しないので
行きませんが、気分はエア参加しますっ!
平安神宮の周囲で
武道具姿を見かけたら世界から集まった
もののふと見てください。

武徳殿だけでなく新緑の時期です。
京都はいつにも増して大混みでしょう。
黄金週間は外しますが
また、今年もいきまっせ。
待ってろよー。