「居つくということは即ち死」と言う事だとしたら・・ | 過去と未来を読み解いて最高の人生を生きる

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仕事する女性たちのガマンと犠牲を解放して幸せに豊かに自分らしく生きるためのヒントを書いています。

体が硬い人がいます。もともと硬いのはある程度

遺伝ですからそれはそれとしてそこを基準に

していただければ良いと思います。



私が言いたいのは体が硬い人は気持ちも凝り固まって

しまっているということです。


「巌の身です。」と笑っていますが、私から言わせれば

何が


巌じゃぁパンチ!です。


そんなのは巌と言わないの!

巌の身とは風雪に耐え、天然自然の猛威にも

びくともしない揺らがない例えですから

硬かったらポキンと折れちゃうんです。



丁度、現代版のビルみたなもんです。


巌の身って例えば法隆寺とか薬師寺の塔とか

そんな感じです。



でね、なんでこんなに熱く語るかですが


勿体無いんですよ!!!!!!!!!


あなたにはもっと、もっと可能性があるのに、

自分から狭めてしまっているぅ~。

って観得るからなんです。





「この居つくは死」、という語句には


「いつかざるは生」


とうこ言葉が対句としてあります。



私は武道家なのでこういう言い方になりますが、

居つくというのは

その場に固まってしまうことです。


ひとつの考え方に固執するとそこから脱却できず、

頑固になってしまうことになります。しがみつき症候群ですね。



なんでも自分の今までの価値観の枠組みの中で生きていれば

人間関係が広がりにくくなるということです。



昔、昔の戦の中では、敵はどこからどういう得物でくるか分かりません。

私は剣道をやりますからこういう例えになります。



相手は手裏剣かもしれないし、槍かも

しれません。鎖鎌の時もあるし、昼間だけではないし、

たそがれ、かわたれ時の薄暗さの中から襲って来るかもしれません。


そういう場合を想定していれば、剣だけ、長刀だけ、形は

天道流や無外流、小野派一刀流でないと勝負にならない

なんて言っていられませんよね。


こういうように「~ねばならない」状態を居つく言います。



頑固ですよね~。あらぁ、いやだ~。


なので、いろいろな場面を想定して行動しなくては

ならないので


居つかざるは生 


となるんです。脱兎のごとく逃げられるしね。




この対句の原点には人は自分の予想外のことをしたり

言ったりするという現実があります。


だから、徹底的にこだわらないことにこだわることにも

なりますが、流動的に対処できるという範疇も

広く、深くなるんじゃないかなぁと私は勝手に思って

います。



自分の考え方、生き方には徹底してこだわるし、

探求しつづけるけれど、人の生き方もそれぞれで

いろいろな係わり合い方や感じあい方があるって

ことを知るもにもこだわるということになりますね。



居つくというのは自分の凝り固まった観念です。

居つかざるといのは観念を手放して、ありのままに

認めるということになると思います。



体が硬い人はたいてい自分の観念に凝り固まって

違う意見の人と出会うと、色々と文句を言ったり

気に喰わないと悪口をいったり、悪く言っては

いけないからと黙っていつまでも心の中でぐずぐず

言っていたりします。


怒り(自分の意見どおりにならないという)が体に

入り込んでしまっている状態です。



体からも心からもヒーリングを施して行きますと

だいたいこういう問題が表面に現れてきます。



「人は予想外のことをする、言う」


それに対応しなかった自分と出会った瞬間に

体が変わります。


やっと、わかってくれた! と体が安堵します。


すると、リラックスして柔らかくなるから・・・・

人の心と体は不思議なんです。


感情を開放して、人生の方向性を手にすると


居つくことの危険さがよく分かります。



それにはエネルギーの配線図やキャラクターの

持つ方向性をしるのが一番近道です。



そうそう、こだわらないにこだわる専門家は

禅寺の修行僧じゃないかなぁと思います。



暑さの中です。水分補給をお忘れなくね。


読んでくれてありがとう~。

おやすみなさい。