クレクレ病に冒されると | 過去と未来を読み解いて最高の人生を生きる

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仕事する女性たちのガマンと犠牲を解放して幸せに豊かに自分らしく生きるためのヒントを書いています。

皆様、こんにちわ。


花に嵐とはよく言ったのものですね。

旧暦では、まだ2月の如月。


でも、季節を示す七十二候では、今日は

第11候で桜が咲き始めるころとあります。


そして、今月の30日は西行忌です。


願わくば花の下にて春死なむ

 そのきさらぎの望月の頃


とありますから、

桜は3月の花より2月の花だったんでしょうねぇ。



先日は専修大学の卒業式で、本館前はたくさんの

晴れ着の女子が行きかっていました。


若い人の着物姿って晴れやかで良いものですね。




着物で思い出したのですが、、着物に対して異常なまでに

執着をする人がいました。

その執着のお話をひとつ。



もう、5年ほど前になりますので、もう書いてもいいかなと

思います。



ちょっとご年配のきれいな人なんです。


お茶会で、出会い着物の話で盛り上がったんです。

(私は茶道はしませんが、友人の簡単なお茶会くらいは

参加します。)


それほど、親しいわけではないので、会えば挨拶くらいは

交わしますけれど、それ以上はお付き合いはありません。


そんな感じでしたから、特に印象が残るような人では

なかったんですが、ある日、私見ちゃったんです!!



メラメラメラメラその人の欲望を!!メラメラメラメラ



「家政婦は見た!」シリーズになりそう~。パンチ!


がーーーぁとと彼女の印象が一気に強くて悪くなり、そして

私のリンクから見事はずれました。


というより、はずれていただきました。



結構、これ私の中で衝撃的な事件のうちのひとつです。





たまたま、友人と池袋で用があってお茶をしていましら、

その彼女が偶然にも隣の席にお友達といたんです。


彼女っていうもの面倒ですから「Kさん」としますね。


コミニュケーションの基本ですから


「あらっ、偶然ですね、こんにちわ。」


くらいの挨拶は当然しますわね、お互いに。



で、こちらはこちら、そちらはそちら、其々の世界へ・・・



実は私の友人のお嬢さんが成人式を迎えるというので

晴れ着を着せてやりたい、でも、稼業が立ち行かなくて

レンタルも借りるのが難しいと嘆いていたのです。


その話を聞いたときに、我が家で眠っている振袖の

反物があるのを思い出し、


「もう20年も箪笥の奥で眠っている振袖の反物があるの

我が家では用がないし着てくれる人がいるなら、反物の

喜ぶからつかってくれない?」


と申し出たのです。


で、その反物を渡すために喫茶店で落ち合ったんです。




ひとしきり、近況など、くだらない導入会話を経てから

バッグのなかから反物の包みをとりだしました。


一応、目の前でお確かめをということで

端を開いて 生地の端を少しひっぱりだしました。




そのとたんです。





誰でも好きなものには敏感です、ふっと目は行きますね。

たとえば、TVで好きなタレントさんがちょっとでも出ていたら

パッと見ますよね。


それと同じなんですが


「なに?それっ!!」


と、隣のテーブルから語気の強い言葉がかかりました。


なにそれって?って言われても、関係の無い人に

なんていえばいのか困りますよね。


あれこれ、質問されて、簡単ですが答えてましたら

(内心、迷惑~)


「なんで、この人に上げるの?私に頂戴!!」


って。    (  ゚ ▽ ゚ ;)   ・・・・・?




この一言の時にバン!と音を立ててどす黒い炎が

ゆらぁ、めらぁーと粘着質で上がり、クレークレーと

呪文を唱えていました。



あっーーー、もう、びっくりです。



で、


それを見た私は一瞬、非常に胸が悪くなって吐きそうになりました。


私は私で嫌悪感のオーラを発していたと思います。

(いあやね。人をジャッジしない、しない)





執着と言う言葉があります。




誰もが、何かしらに執着していますが、ここまでくると

行きすぎでしょうね。執着は、ある点ではモチベーションの

維持に役に立ちますが、それも限度があります。


修行中の僧侶は執着を断ち切ることに執着します。


私にも執着は気がつかないところでたくさんあると思います。



だけど、こういうクレクレ病になるまでは執着したくないです。


「足るを知る」で生きたいです。


くれぐれも諸刃をおだしにならぬように。



皆様の夢がすてきですように。