皆様、こんにちわ。
午前中は久しぶりの長時間剣道をしてきて
体力の限界に挑んできました。
じわっと蒸し暑い中、ムンムンとする面をかぶっての
お稽古は、
「そりゃぁ、あなた、好きじゃなければできまへんがな」
という感じです( ^^) _旦~~
ま、終わって帰宅してお昼をいただいた後は・・・
・・・・気が付くと瞼が閉じた状態でした。
剣道というと今は竹刀競技というスポーツに思われる人も
多いと思いますが、本来は命のやりとりから始まった
生き延びるための技術なんです。
勝敗を争い、楽しむ娯楽から始まった球技などとは
スタート地点が違いますから、大本の考え方が
全く違うんですね。
それは何か?
勝ち負けじゃなくて、「生きるか死ぬか」なんです。
これがなかなか出来ない芸当で・・・
死ぬのはもったいないじゃないですか。
言わんとするところはそのくらいの気構えがないと
「戦えないゾ」 ということだと思うのですが。
実践をイメージしてみるとなんとなく血なまぐさいですよね。
で、今夜の本題です。
とは、言うもののこの現代社会では生きるか死ぬかという
のは、剣を持って戦うことではありません。
今、まさに病気と闘っている人、メンタルの問題を抱えている人、
リストラ問題などさまざまな場面で死活に直面されて
いるのが現代人だと思います。
その一瞬、一瞬が大事な時間です。
例えが剣道になりますが
剣を振り下ろす時、お相手の命を頂くという覚悟で打ち込みます。
(あー、勿論、私などのへぼ剣はしてやられて一巻の終わりですがね。
死ぬところを間違ったと思います。(^^ゞ)
そして死ぬ時には、人は何もあの世へ持っていくことができません。
預金通帳にゼロがたくさん並んだ金額も、大きな邸宅も
愛用のお品も大事な思い出の写真も持って行くことはできません。
(勿論愛刀もね。)
持っていかれるのはたった一つだけです。
それは、自分の意識、行ってきた記憶だけです。
母親のお腹に宿り、育まれ、この世に生まれて来て死ぬまでの
間にしてきたことだけが持参できるものです。
人は成長して成人になり、やがて老齢を迎えます。
その長い間にいろいろな事を経験し、学習し、人生の実を
結んでいくのだなぁと思います。
時は流れて行きますし、止まることはありません。
時々私も時間が止まって欲しいと思うような超欲望が働くと時が
ありますが、にべも無く断られます。
というか無視されちゃいますね。(・.・;)当たり前だけど・・・
関西の方面では
「世の中は娘が嫁と花咲いて嬶としぼんで婆と散り行く」
などという笑ってしまうような歌もありますが、なになに
同時に紅顔の美少年は厚顔●腹な親父にもなっていくと
言うわけです。
そう考えれば時間はいのちの流れでもあるわけで、命も
止まることをしらないと言っても良いのではないかと思います。
その時、その時節、その年齢でなければ経験できないことや
出来事や出会いがあり、その意味も必ずあります。
今は失敗と思われたことも後々になれば、成功への分岐点だったり
生木を裂くような別れが、その後の幸福の礎になったりします。
大病されたことで知る大事なこともあるでしょう。
いつもいつも人生、順風満帆な人はないと思います。
人生負けるが勝ちという言葉もあります。
負けたことが起爆剤になってより良い人生を築くことができたり
忍耐力がついたりとマイナスをプラスに変える力になることを
意味する諺です。
何時死ぬか、どう死ぬか、それを考えたら今を一生懸命
生きる意味も分かると思います。
剣道のお稽古は
「ここぞ!というところを打ち込む」なんです。
そのためには、一瞬たりとも生きることを貫かないと
死ねないのですよね。
自分を信じ大事にしていのちを生きて行こうと私は思います。