この感情にたどり着く前、
だいたい出切ったと思っていた
怒りの感情が、また久しぶりに
湧き上がってきていました。

その怒りを感じきったあと、
怒りというのは哀しみの積み重ねで
生まれるのだということを、
つくづく感じました。



リブログの記事のとおり
根底に自己無価値観が生まれると
その価値観の上に新しい経験を
積むことになります。

そうすると、どんな経験でも
自動的に自己無価値観をベースに
色づけされていくことになり、
哀しみが積み重なっていきます。



親に私の意見は聞き入れて貰えなかった
妹は我が強くて親が根負けしてただけ

私に妹の面倒をみるのを任せた
母親と妹の我の強さがぶつかって
ヒートアップするばかりだったから

私のやりたい事は却下され
妹がやりたいことは応援された
私がやりたがったことはお金が掛かり
妹がやりたがったことは掛からなかった



大人になって、理由を聞けば
何だよ、それ!!!
ちゃんと理由を言っといてよ!
なんですが…ぼけー

人の世話をするしか
自分には価値がなくて、
自己実現的なことを望むのは
大それた欲求なんだと様々なことを
無自覚に諦めてきていました。

諦める度に無気力になる一方、
心の中では存在を粗末に扱われる
哀しみが積もりに積もって
怒りに育っていました。


歯医者に行けば、成長期の頃、
歯を食いしばる癖があったんですね
と言われるほど、歯茎に特徴が
出ているそうです。

私が経験してきたことが見える人は
顔をしかめて、お父さんDV入ってるね
と、同情心からか時間を多めに
相談に乗ってくれました。

オーラのようなもの?が見える人は
これまでの人生、心の中は、ずーっと
雨が降り出しそうな空みたいに
どんよりしてたんですねと
言葉を詰まらせました。

体を整えることで心を整えよう
というような教室では、私の体に触れ
余りにも気力が乏しかったのか
大丈夫?本当に大丈夫?と
何度も確認されました。

手相を見てくれた人は、私の利き手が
どっちかを何度も何度も確認しました。
(利き手の手相が未来で反対が過去)
過去の手相が、精神的に病んでいて
相当危ない状態だったようです。



ただの言葉足らずから始まった
自己無価値観をここまでこじらせ
私は何を経験したのか??

何のために生きているのか?



そのことの答えが、昨日の浄化後
このためだったんだろうな…と
ストンと腑に落ちました。