ユルフワにし過ぎた結果、

母にとっても心配された件についててへぺろ

 

 

以前、投稿したブログ内で

ちょっとmentionした話です。

(mention…って日本語で何だっけ?

「ちょっと話に出す」?

っていうのかな、この場合?)

 

 

丁度このくらいの時期に

始まった話なので。

 

 

コロナ禍が始まる前の夏、

父が他界し、

それまで気を張り詰めて

頑張ってきたものが

 

 

プチッと、

本当に

 

 

プチッと

 

 

切れたように

気が抜けました。

 

 

何もやる気が起こらず、

家事も仕事も子供の事も、

最低限のみ。

 

 

コロナ禍が始まってからは

失業保険が出たのを良いことに、

一年ほどずーっと何をするでもなく、

軽い鬱だったみたいです。

 

 

以前だったら

何もしていない自分が許せなくて

休んでいても休んでいない

勿体ない状態

なっていたと思います。

 

 

でもこの時は、

 

 

コーチングを受けていた時にした様に

自分の中を見つめることをしました。

 

 

自分が「こういう状態だ」というのを理解して、

コーチングで教わった、

「負の自分も一旦受け止める」

ことを試みて、

 

そこから

「自分が本当はどうしたいのか」

を考えることにしました。

 

 

まずは

 

 

「何もやりたくない」

 

 

それが本音でした。

 

 

数年間アル中の元旦那と色々あって、

離婚騒ぎがあって、

 

 

そのあとは一人で二人の子供を

育てなきゃと意気込んで、

 

 

仕事もものすごく一生懸命頑張って、

ものすご~く疲れてました。

 

 

だから

「何もやりたくない」

 

 

その状態が長く続きすぎて、

私、大丈夫かな?

と思った時期もあります。

 

 

でも結局、

時がくればやる気も起こる

と思うところに落ち着きました。

 

 

実際そうだったから、

罪悪感持たずに思い切って休んで、

良かったんです。

 

 

でも、安定性を求める母は

「あんた、そんなんで大丈夫なの?!」

と、ものすごく心配していました。

 

 

それでも適当にかわして、

「なんとかなるから大丈夫~音符

とか何とか言ってた私笑い泣き

 

 

でもホントに、人生、

どんなになっても、

何とかなるもんなんです。

 

 

どんなにどん底に落ちて、

もう死んでしまいたいとまで思っても、

底に着いたらあとは上がるしか、

無いんです。

 

 

鬱の時にはそんな風には思えないけど、

いつもそれを頭に入れておいたら、

どん底に落ちた時も、

真っ暗闇の中で自分を見失っても、

どこかで希望を探そうとしているんだと思います。

 

 

最後の最後の最後の部分で諦めない

 

 

だから大丈夫。

 

 

だからユルフワで大丈夫。

 

 

肩から力を抜いて生きても

良いんだよ~ラブラブラブラブラブラブ