先日、大好きな友人が高松に向かう途中に岡山にいらしてくださり、楽しい一日を一緒に過ごしました。
ご多忙な方ですが、「貴女に会いたいから岡山に寄って行くわ」と言ってくださいました。
過去の私なら「私みたいな者に…」と思い、謙遜し、口に出していたでしょう。
今の私は「ありがとう。嬉しいです」と素直に言いました。
再会した時、私が「ますます輝いていますね。素敵です。」と彼女に言うと「貴女もね。」と言ってくださり、「そうですか。嬉しいです。」と言いました。
ここでも「いえ、それほどでも…」と言っていたでしょう。
今は、彼女の気持ちや言葉が心から嬉しくて喜びを感じ感謝します。
そのことを彼女に話すと「私も以前はそうだったのよ」と彼女も言っていました。
謙譲の美徳から謙遜し、それを謙虚さと思い込んでいた苦しみや、自分を肯定できる喜びを人が与えてくれたことを受け取る幸せや感謝について語り合いました。
時を同じくして別の機会に「“自画自賛はいらないから”と言われたけど、私は、自画自賛は自己肯定感の根幹だと思っているから表現していくの。」と別の大好きな友人も言い、私は「そんな貴女が大好き」とすかさず言っていました。
彼女はメディア関係のお仕事をされています。
彼女の制作した映像は、自然も人も生き生きとしていて情感深いものです。
前述の彼女自身も凛としてしなやかで温かい人で、彼女のご子息も、たくましさと優しさがあります。
そして、三人とも人々に愛を広げ希望を与える人達です。
自分らしく生きる自分を肯定できてこそ、その人らしさを愛し肯定できる。
自分を褒められない人が人を褒めることはできない。
自分が感動できない時は人には伝わらない。
お世辞や取り繕いことで終わってしまう。
我が子が褒められた時、謙遜にとらわれていた私に貶されていた我が子はさぞかし傷ついていたのだろうと反省しています。
そのことの反省から、今は人にわが子が褒められると、「ありがとう。
そう言ってくださると嬉しいです」「そうなんです。」ということを心がけています。
言葉は魂に響きます。
魂が傷つく言葉よりも、魂が輝く言葉を自分にも人にも発していきたいです。
人から謙遜的で謙譲ないい人と思われるように生きるよりも、自分を受け入れ愛することの方が幸せで、人へ幸せを広げていけるものと、私は感じていて人にも伝えています。
幸せ。
それは身近な人達とふれあいながら、さりげなくある日々の中で、感動できる喜びを味わい心の喜ぶままに言葉に表して心に刻みこんでいくことにあるように思います。
「ありのままのあなたを受け入れ大事にしたいです」の意味の「大好き」は言えば言うほどに幸せは広がると教えていただいたので、何気なく過ぎる暮らしの中で「大好き」をたくさん言っていきたい私です。
以前、私が講演をした時に聴講者の方から「立派な子より幸せな子を育てます」との感想をいただいた時の感動が、私は今でも忘れられません。
多くの人が自分から広がる幸せを感じていけますように。
江崎英子
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