何だろう何故なのか全くもってわからない…
と 考えることで記憶の領域に刻まれ
忘れた頃に すとんと腑に落ちる。
しかし「腑に落ちる」って言葉 すごい。
それぞれの魂がそれぞれの体験をする為に現世に生まれたということは。
母には母の。
父には父の。
それが、あるということ。
それはあくまでも体験で、目的は体験によって得るギフト。
ただ現実はあまりにリアルで我をも忘れそうになり
深い悲しみと怒りとあきらめの渦に呑み込まれそうになる。
呑み込まれない為の日々の中にあるエッセンスを見逃さないように。
それも全ては真の目的へとつながっている。

どんな体験も思いも誰のせいでもなく、
その中に自分がどのように泳ぎ進んで行くか
それを楽しむと良いのかもしれない。
困難に立ち向かうことも逃げることも大差はないのかもしれない。

「自分であること」意識して生きてみようか。
これでもかというほど。

どうしてこうなの、とずっと思っていたこと。

「私の内面」は、私の母親観を
「人間関係」は父親との関係を
投影している。

日常の些細なことを必要以上にクローズアップして
考え込こむの、やめよう。
もっと考えなきゃいけないことあるんだから。

これ、今までの私のパターンじゃない?
要領よくポンポンっと階段登れば良いのにって
言われたことあるけれど、こういうこと?
その人は、はるか上まで続く螺旋階段を一段一段上っている私の姿が
見えるらしい。

そうだったー…
決めかねる事を後回しにするくせ、確かにある。
「要領良く」の意味、わかった。たった今。

自分の周りがポジティブなのだとか。
ポジの働きかけに、自分の中のネガがどう対応するか。
どう感じて、どう行くのか見極める
そういう時期らしい。

そりゃー苦しいはずだわ。
先行く方の言葉を聴く。



混乱と怖さと涙、怒り少々。
でもその言葉には意味が何かある。
根拠のない予言ではない、そんな気はする。
じゃなかったら、もっと平気なはず。

でも最後の答えは自分で決める。
今は不安でいっぱいで確信できるもの無いけれど、
これだけは今、決めた。
予言になど流されない、
大切なものは私が自分で守る。
笑顔の瞑想は、思いがけないものを運ぶ。
かみ合わない同僚は笑顔が硬い。体はあっちを向いたまま。
しまいには困った表情を浮かべ背を向けてしまった。
両親の笑顔は、私を泣かせる。
そしてヴァイオレットの波を連れて来た。
あぁ わからなかった事がわかった、そんな感じ。
この波をあなたに送ること。
私に出来る私のやりかた。
どうぞ心身が自然の波動と調和して
穏やかなものとなって行きますように。
私の今回の「パターン破り」の基本
・ひそひそ話に近寄るべからず
・自分を偽るべからず
   …率直に意見を言ってみる 誰に対しても
男性性と女性性。どちらも開かれてこそバランスがとれる。
どちらかが開かれていないのは、やはり不自然さが現れる。
例えば、恋愛のパターンに。

本当の「自立」というのは、目に見える部分のみならず
そういう目に見えない面のバランスがとれていること。
なるほど。
でも。
これ、自分で気付くのはとても難しい。

だから人間関係のトラブルって
なかなかなくならないんだろうな。
今の私は、マンネリ化されたパターンから脱しているところ。
自分を抑えこまないで、我慢しすぎないで。
その時その時思ったことを、声に出そう。
どんな小さなことも、口にしてみれば 
何事もなかったように流れて行くもの。

ゆらげ ゆらげ。
足元はしっかりと。
上方は ゆらゆら。
必要なものは取り入れ、要らないものは流れて行く。
大切なことは残る。それには、ゆらぐこと。