宇宙(そらに)なびく、透き通った色とりどりの布 のイメージ。
私は自由に どれでも纏うことができる。
自由に、そして それにさえこだわらずしなやかに。
私は それに気付いています。

4ヶ月前、長く暗い森をやっと抜けて その傍らに立っていました。
永い永い時間をかけて 私の自然は、息を吹き返したのですね。
私は前に進んでるんだろうか とか、すごく気持ちが変わった とか、
日替わりで自分に対する見方が変わっている。
変わり行く途中にいるから不安定なんだろうと、
出来る限り客観的に見るとそう思う。
なんとなく沈んでは空を見上げて晴れ晴れとした気持ちを取り戻し、
やっぱり空や木や草や風の中には
いつでも迎え入れてくれる豊かさがあるなぁと思う。
以前つらくてつらくて そういうふうに感じられなかった頃、
大好きな青空なのに見上げると涙が出るような、
こんなにきれいな空なのに私のものではないという 
あの哀しくやりきれない気持ち、
あれに比べたら 今の私はどんなにか回復したことか、
目を見張るほどのはず。
やっぱり進んでいる。
私は進んでいる。今まで通らなかった道を歩いている。
そしてふわふわの雲をやさしく掻き分けながら歩いて行くイメージが浮かぶ。
咳が止まらなかったのは、己の表現方法を模索中だったから。
内側に溜め込んだ知識を上手に使って
何を創造すれば良いかわからないから。
または診察通り、気管支過敏症か。

表現というのは何も大それたことではないかもしれない。
刻々と流れるように変化してゆくこの気持ちを伝えているか。
一番身近な人に伝えているか。
話しているか。
はたと気づいたのは ここだった。
身体を使って、声を使って、内から湧き出ずるこの思い
吐き出してはいなかった。
いつまでもいつまでも出てくるのは、
咳ばかり。

私の中にある資質と経験と知識。
これで何を表現しましょうか。
貯め込む時期は終わり、
私の中で積重ねた事を、
私のやり方で表に現す時がきたようです。

何を。どうやって。私の何を。どんな風に。

苦手なことの中にヒントがある?

コミュニケーション、先頭に立つこと、歌うこと、
人前に立つこと、スポーツ、発散すること。

どれかしら。どの組合せかしら。

まだわからない。
ただ既成の枠では物足りなさを感じる。
近いけどこれじゃない。
私のやり方。

きっと大変だけど、わくわくするね。
大変の分だけ、私はきっと満足する。
そんな気がする。
昨日会ったのは、
きちんと生きている人達。 「現世を生きること」に対して誠実に向き合っている人達。

そして私は、
漫然と生きていた。
前方に、成果(自分に対しては充足感、周囲に対しては評価)を想定しながら生きていた。
見る先のイメージは具体的でなく漠然と、そしてここにいる現実はしっかり見据えていなかった。
眼前の課題に必死で、おそらく余裕はなく、自分の中で今この時と先のことをつなげていなかったように感じる。
私が思い浮かべていたもの こういう感じと思っていたイメージは、
私の中にあって私のものではなかった。誰のものだったのか。
自分の本心 自分の力を知ることをしていなかった。
見ないふりをしていたのか。見るのがこわかったのか。
私にできることとは何か。

間もなく13年経つ。
相手に対しては「どうしたいんだろう。どうする気もなく現状維持なのかな。」
あまりに状況だけは変わらない13年に、いつしか「何考えてるんだろう」と思っていた。
でも気付いたのは、「それは自分じゃないか」ということで。
両親にも話してない、自分自身「結婚」ということにはどう対応したいのかわからない、
先延ばし先延ばしにしていたのは 私の気持だったのでは。
自分で決めるのか、後押しが欲しいのか、このままがいいのか、
はっきりせずいつまでも答えを出さないでいるのは、私自身も同じだった。

安心したいのに、そのくせどこか気持は不安定なままで 起こってもいないことを恐れる。
そうだったのか。いや そうだったじゃない ずっと。
知っていながら気付いてなかった。
目の前にイクイリブリアムボトルはないけれど、
心に浮かんだ色の組合せで
私の心の声に耳をすましてみましょう。
選ぶ色は私自身です。

今日という日のイメージカラーは、グリーン/イエロー。
イクイリブリアムボトルにその組合せはありません。
上下逆ならば「B7」だけど、それは違う感じ。
「今までの経験や積重ねてきたことが、
 やっとこれからの人生に生かす時が来ました。
 その選択と判断は、正しいタイミングでなされます。」
これが私の解釈です。

今までこれほど自分の転機を感じたことはありません。
だからと言って明確なものが見えているわけではないのですが、
きっと今はそういう時期なんだということは、わかります。


ちなみに、
一番近いのは「B32 グリーン/ゴールド」メッセージは、「泉」。
転生を繰り返す魂が、その中で育まれてきた生きる智恵と歓びをもって
自分を知り信じ愛すること、つまり自分という光に向かって
迷うことなく進んで行く事ができる。
社交的かつ好奇心旺盛で勉強熱心、またセンスも持ち合わせた
調和のとれたボトル。
実質的に仕事の無い状態になって4ヶ月目。
予定にあった仕事もなくなったりする。
はて。おかしい。
会社での仕事ではなく、私には別にすることがあるのでは。
もしくは、今その準備の時間?
確かに以前に比べて、ここでの仕事に関心が無い。
仕事も関心も無いなら無いで好きなことをやっている。
でもまぁ、ここに居るからにはここでの仕事がある方が良いとは思うが。

でも感じるのよねー。
飽和した感じ。
たぶん、私がここでやることは終わったんでしょう。

次は?これからは?今が考え時なんじゃないか と思う今日である。
考えてみる。一番古い記憶は、幼稚園に通っていた頃つきつけられた選択。ステレオ購入かオルガン教室(…これって何だかすごい)。その後は、初めてLPレコードを買う時、進路を選ぶ時、そう言えば小学生の頃靴を買う時にさえ何かしら意味をくっつけて考えていたな。其の時々の瞬間瞬間の気持は二の次で、親の思惑や先々の事考えて選ぶ窮屈さをいつも感じていた。

この前のヴォイスヒーリングの個人セッションの時に、満喜子先生から「お母様はあなたのことをとても頼りにしていたのですね」と言われ、正直「へ?」といった心持ちだったことを思い出した。頼りにされているのは兄で、私の存在は …何だろう。つきつめて考えた事がない。でも漠然と感じていたのは、どういう状況でも「我慢」というカタチのないものに包まれて育ってきたこと。家を出て13年経った今でも、その呪縛から意識的に逃れようとしてもまだ、下地としてあるように感じる。まぎれもなく私というものを作ってきた要素であり、きれいに拭い去ることはきっと出来ないのだろう。

後日、あ!と思い出したことがあった。兄の結婚式の当日に、待合室で話していた時のことだった。顔ぶれは、母と母の妹である叔母、そして私。たわいもない事を話しているうちに話の流れが私の事に及んだ。当時からすでに家を出て暮らしている私に「この人は(家から)逃げたものね」と母が言った。その時は、そんな風に思っていたのかと唖然としたが、満喜子先生の言葉を聞いた今では、母に内心そういう思いがあったかもしれない ということが理解できる。

母は、娘である私に自らを投影して生きて行かねばならないような心持で日々を過ごしていたのか。娘に逃げられた と思う母の心を思うと複雑で哀しい。でもね、自分自身は他の誰かとはすり替えられないよ。幸せは自分の中にある。そして自分以外の誰も、それを犯す事なんか本当のところ出来ないと思う。そして、状況が変わっても自分の中の核となるものは変わらないはず。あの言葉から4年近く経つけれど、今の母の心はどんなだろう。

私は何かを決めるとき今でも 自分の気持を優先することに躊躇する。その後のあらゆる余波について考える。自分の気持が一番!てのは、わかっているのに。他のものは後からついて来るって頭ではわかってるのに。

そうそうその通り。だから、
前途洋々ひとり暮らしを始めたあの時のようにあとは実行あるのみ。
わかったー!

私にとって大切なのは仕事をすることであって
会社という場所ではないのだ。
ずっと思っていた。
プライベートの人間関係は良いのに 最近どんどん充実しているのに、
どうして会社では何だか合わない居心地の悪い人間関係ばかりなんだろう。
たまに合う人 つまり仕事に対する考え方や傾向が似てる人がいて
やりやすくなったぞと喜ぶと、遅かれ早かれその人達は よそへ移動してゆく。
なぜ なぜ なぜ。

会社ってそういうもんよ。
プライベートみたく人を選べるわけじゃなし。
それも勉強 それも仕事のうち。
それは甘えよ。

… そう思っていた。釈然としないながらそういう事だと思っていた。

ちがーう。わかった。
ここは私の居場所じゃないってことなんだ。
それも勉強かもしれない、確かに無駄なことではない と思うけれど、
本質的にはきっと遠回りしてるんだよな きっと。
そこで何かを学んだら、別のステージへ移る。
心で矛盾を感じながらそこに居るのなら、それを感じない場所へ移動する。自ら。
ここんとこの私にはそれが欠けていた。

それがわかった今日って すごい。