前回の記事(「自分の心が世界を作るならば」 )の修正と補足です。



「なにがなんでも怒らない」

と決めたら、怒ってしまうような出来事がどかっと来ました。


ふ~ショック!



「~しない」などの決めごとは危険ですね。

カルマが発生します。



たとえば、何か

「この仕事が大好き、ずっと続けよう」とか

「この人と一生一緒にいたい」とか


考えたとたんに、仕事がものすごく忙しくてクタクタになったり、好きな相手の嫌なところを目の当たりにしたり・・・


ということはないですか?



潜在意識が、ちゃんとネガティブな部分を教えているんだと思います。



だから、「怒り」じゃなくて


「許す」に焦点を当てる。



怒ってしまうのはしかたないけど、大事なことは


「囚われないこと」。




「私は人間だから怒ってしまう。でもみんな許す。

他人も自分も・・・」



という心構えでいると、怒りを無力化できます。







◆ダイアリー「月の小屋」http://esalen.jugem.jp/

嫌な出来事があったり、失礼なことをされたり、傷つくことを言われたり・・・


などの出来事があると


「あーぁ、私は 誰にこんなことをしてしまったんだろう・・・」

と落ち込みます。


「失敗したなぁ・・・」

とため息が出ます。



でも、思ったんです。



逆に、


「私」が、「ネガティブな感情を発生させなければ」、


「失敗は何もない」


と言えるのではないだろうか?と。




人に対して、たとえば、むっとしたり、イライラしたりするような気持ちを


感じた瞬間、一瞬で手放せれば、悪いカルマは消えるんじゃないかと。



そうできる人に対して、誰も悪い感情を持つことはできない。




だから、


「何がなんでも怒らない。ネガティブな感情を持たない」


と決めます。




※5/1修正・追加の記事をアップしましたのであわせてお読みください「怒らないのではなくて・・・」





◆ダイアリー「衣替え」http://esalen.jugem.jp/

たとえば昔々の、誰かの失礼な発言を、私がずっと覚えていても


言ったご本人はそんなことけろっと忘れているものだから



「怒り」というのは、相手に関係なく、ただ自分の中だけにあるものなんだなぁと思います。




つまり、自分の心次第でなくすことができるもの。



良いことも、悪いことも、目の前に起こること全部、ただ自分の心が作っているだけなんだなぁとつくづく思うこの頃で、



「自分」の意識なんて、本当はないんじゃないかと思うこともあるけど



「自分」の意識しか、本当はないんじゃないかと思ったりもします。







◆ダイアリー「ボディワークの限界」http://esalen.jugem.jp/