たくさん与えてくれる人っていませんか?


たとえば、ブログでも、ハッピーをたくさんくれる人。


美しい写真や、たのしい言葉など。


日常生活では、笑顔や、お金や、やさしい気持ちとか。



私は、そういう人をみると、うらやましくて気持ちが塞がります。


けちなので、なかなか「無条件で与える」ことができないのです。



が、


「与える」じゃなくて、「捧げる」という言葉に変えたら、やりやすい。


ということに気づきました。


神に捧げる


世界に捧げる


人々に捧げる


あなたに捧げる・・・



これならしっくりきます。



与える、捧げる、手放す、喜捨する。


多分、「宇宙に放つ」という意味ではどれも同じだと思うので


「与える」はしばし諦めて、「捧げる」モードでいきます。ON



言葉って難しいですね。







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① 12月1日(水)より、セッションルームを 大阪・中崎町より、神戸・元町のサロンに移転いたします。

② これに伴いまして、セッションのご予約を女性専用とさせていただきます。


ちきゅうだま♪にお越しいただきましたお客様、男性のお客様には、ご迷惑をおかけすることになり、また急なご案内となり、本当に申し訳ありません。

ちきゅうだま♪でも、引き続き、出張形式でセッションを続けることも検討しましたが、新しいサロンで


「エサレンマッサージとマタニティリラックスお月様

のサロンとして集中しようと思っております。

ちきゅうだま♪でお世話になった皆様、本当にありがとうございました。


また、ちきゅうだま♪でエサレンマッサージのセッションをされているShanti(シャンティ) さんは、男性のお客様もご予約可能です。


12月は移行期間として、1月5日より本格的にOPENの予定です。

JR元町駅から徒歩3分と、アクセス便利な場所ですので、どうぞ今後ともよろしくお願い申し上げます。

いつもありがとうございます。

心がつらい人は、瞑想(ヴィパッサナー)すると良いと思う。


何も考えない。


ただ 「今、この瞬間の感覚」に集中する。


それがお釈迦様の処方せんです。



また、「祈る」というのも、救われる行為だと思います。


「人事を尽くして天命を待つ」境地、


最後は神様の御心に従う、というのはとても清らかな心だと思うのです。



問題を≪解決≫しようと、自分のベストを尽くして、


最後はすべてを≪受容≫する。



それしか、幸せの道はないんじゃないかなーと思います。


久しぶりに、聖書の漫画を読んでいてそう思いました。



お釈迦様は、旧約聖書(の初期)より後の人だから


ただ祈ることより、何者にもすがらず瞑想することが、


より新しく科学的で

その後も反論の余地がない普遍の方法だと、スマナサーラ長老はおっしゃると思いますが。




ご参考:

asahi.comの広告企画「立教ジャーナル 香山リカ対談」

香山先生とスマナサーラ長老の対談記事『仏教の智慧を現代に生かす』 (11/16掲載)





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