東京は桜が美しく咲き始めています
いかがお過ごしですか

たとえば・・・
本当はバラとして生まれてきたのに
別の花を一生懸命咲かせようとしてきた
こんなたとえ話を聞いたことありませんか
私は数年前にヒーラーさんに見てもらった時に
そんな事を言われ、その時は正直ピンと来なかったんです
「まさか! そんなはずないわ・・・」
とさえ その時は思ったものです。
後から、何年もかけて その時言われたことが
ジワリジワリ 私の中で消化され
「私って本当そうだわ・・・」と納得できるようになりました
先日、ママ友さんと素敵なレストランでランチしながら
色々な話をする中で
ママ友さんの話の中から まさにこのたとえ話・・・
本当はバラとして生まれてきたのに
別の花を一生懸命咲かせようとしてきた
が出て来て
「私もほんの少し前までそうだったわ・・・」
と懐かしい気持ちになったのです
懐かしい気持ちになったということは
自分が本当は何の花で生まれてきて
どんな思い違いをしてきたのか・・・
ということが段々とわかってきたということです
私、占いで様々な人を見るのですが
占い=当たるも八卦、当たらぬも八卦
的な感じではなく
統計学的な視点から その人の本質を見るのです
だから、「当たる・当たらない」とかではなく
その人が自分の本質的な部分を
どこまで理解・把握できてるか

これによって 受取り手の反応が全然違っています
中には、自分自身のことを 全く逆 というくらい
違う認識をしている人が多い
意外と 多いのです
私も まさに その一人でした
本当は バラとして生まれてきた人が
バラの花をちゃんと育てていれば
バラの花はちゃんと開花しますよね
だけど、違う花を育てようとするから
なかなか上手く行かない

葛藤したり ストレスを抱えたり
自己卑下したり 自暴自棄になったり
違う花を咲かせようとしているのだから
上手く行かない方が当たり前なのに
そこに 気づかないで
さらに必死に頑張り続けようとする
ずっと自分自身で在ることに 苦しい みたいな・・・

少し前までの私が まさにそんな感じでした
そしてそうなってしまった原因を
ほぼ全部 何かのせい にしていました
親があんな性格だから 私はこうなってしまった
私の芽がちゃんと出なかったのは 親が中途半端な育児をしたからだ
何やってもダメなのは 私に能力が足りないからだ
とかとか
数え上げたら キリないくらい・・・
あと、運命とか前世からのカルマ(因縁)とか
学校とか先生とか
人とか出来事のせいとか・・・
あの時にあんな出来事がなければ 私は幸せになれたのに
私の心の中には 何とも言えない 怒りと絶望 が
常に同居していました
色々な方とお話していると
この思い込みのループにはまっている人は
私のみならず 結構います
例えば、「自分は痛い思いをしないと気付けない」
これって、痛い思いをするという選択を自ら課しているので
毎回痛い思いをするループになっています
この思い込みって 自分では昔から当たり前にしていることなので
無自覚的に 正しいと思って 選択していますが
ゆがんだ視点なんですよね・・・
フィルターみたいなものです
このゆがんだ視点を持ったままだと
どんな素敵な人や言葉、知恵と出会おうと
自分なりの解釈 フィルターにかけてしまい
自分の思い込みの現実に落とし込んでしまいます
だから、たくさん素晴らしい本を読もうと
素晴らしい人に出会おうと
本当の意味で 変われないことがほとんどなのです

その時は 「私はこれで変わたかも
現実に戻り 時間が経つと
また いつもの自分に戻ってる みたいな・・・
毎回このパターン
このパターン、ループから脱する方法は・・・
人のせい 出来事のせい 運命のせい
にするのをやめること
人や何かに 頼ることを やめること
そして
常に 自分自身に視点・軸・焦点を合わせること
この感覚を体得すると あらゆる心と人生のゆがみが矯正されます

自分に焦点を合わせるとなると 今度は
自分が悪かったから こうなってしまったんだ
と 自分のせいにして 自己卑下につながってしまう
と思ってしまう人もいます
人のせいにするのも 自分のせいにするのも
向いている矛先(矢印)が違うだけで
結局は 同じことなんです
何かの せい にしない
ということです
これは、
被害者意識 と 悲劇のヒロイン好き を
やめるということでもあります
私って可哀そうな人なんだ
運命に翻弄される私が好き
決して自覚はしていなくても 深層意識の中で
こういう傾向を望んでいたり
そう思い込んでいる人は 意外と多いのです
ドラマや映画、小説などでも 時代を問わず
悲劇ストーリーはずっと人気ですし
大変な思いと試練を経て 結ばれた2人とか
結ばれなかった2人とか
何度も何度も涙しながら 感情移入して 共感してしまう
自分もいました
大変な思いと試練を経て・・・
このプロセスが ドラマなり映画なり小説になるのですよね
私もそういう世界に憧れ 心のどこかで望んでいるようなところがありました
私の人生 そんなドラマチックな展開にはなってないなと思いつつも
自分が心の奥底で 求めていること
望んでいることが 現実として表れている
ただそれだけのこと
物悲しい 切ない 涙なしでは語れないような
ストーリーが好きだった私は
自分自身の人生も 何となく物悲しくて 切なくて
運命に翻弄されて 思うようにいかない人生を
何年も 年十年も 歩んでいたのです
自分の意識が 自分の人生に そのまま反映されていました
大変な思いをして 何かを得る その過程が好きだった私
大変な思いを わざわざ自分で 選び 創っていたんだと・・・
若いうちの苦労は 買ってでもしろ
ケガの功名
確かに そういう一面もあります
でもその感覚をずっと持ち続けて
いくつになっても 苦労が絶えない
痛い思いをしないと 気付けない
毎回そのパターンなら
自分が心の奥底で そういう選択をしている
という事実に 気付く必要があります
何も 運命に翻弄されているわけではなく
自分が 自分のことを 翻弄しているだけなんだと
自分を知れば すべて納得できるはずです
本当は 複雑なことなんて 何もない
ただただ シンプルなんですね
誰もが 持って生まれた花を
余すところなく 見事に 咲かすことができますように・・・


最後までお読みいただきありがとうございました
キラキラの一日をお過ごしくださいね