Miriamです。
東京国立博物館で開催中の特別展「茶の湯」を見て来ました。
いま上野で開催中の他の展覧会に比べると、なんだか地味なポスターなのですが、その充実した内容にビックリしました。
青磁の壺から、天目茶碗、井戸茶碗、志野焼、利休の茶道具・・・とにかく名品が続々と展示されていて、何を見ても凄い内容。
正直、茶の湯も侘び寂びもわかりませんが、展示されている作品の一つ一つの素晴らしさに圧倒されます。
そして、美って何だろうって、改めて考えさせられました。
華やかで美しい装飾のお皿なら、誰が見ても美しいと思うのだろうけれど。
例えば、井戸茶碗なんて、一見すると古びた汚い陶磁器に過ぎないのに、なぜかそれを美しいと感じる自分がいる・・・。
案外、日本人の心には、そういった単なる装飾美以上のものを愛でる目が、生まれつき備わってるのだろうか・・・などと想像も膨らみます。
志野焼の素朴さの中の美・・・。
作為のない美しさ。
たぶん、私が自分の歌の中で表現したいものも、やっぱりそのようなものなのだと、改めて思うのです。
つまり、「聞かせてやろう」でもなく、表面的な「声の美しさ」でもなく、もっと作為がなく、ただただ喜びそのものみたいな、そんな歌が歌えたら・・・。
それはなかなか難しいことだけれど、茶の湯の中にもヒントがあって・・・。
別のジャンルから学ぶこと、得られるもの、色々あって、だから芸術というのは楽しいですよネ!

