Miriamです。

 

どうやら、怒濤の棚卸し月間のようで、自分の在り方を問い直すことの多い日々が続いています。

 

そんな中で、ちょっと肩の力が抜けて楽にもなっています。

 

 

何が楽になったかというと・・・。

 

今まで、「歌を歌う」ということに、とてもこだわりを持っていました。

 

何かを成し遂げなければ、自分の存在の意味がないような気がして、その「何か」を歌と決めたからには、何かしらの結果を出さなければならないような、焦りがあったんですね〜。

 

若いうちなら、何かにチャレンジして失敗しても、またやり直す時間も気力もあるだろうけれど、もうそんなに人生の寄り道をしている時間もないし(^_^;)

 

 

ところが、気持ちを整理しているうちに、自分が根本的に求めているものは、「世界中みんなが幸せで平和な世界」であって、歌というのは、そのための手段の一つでしかないということを、改めて確認出来ました。

 

人は、それしかないと思うと、つい握りしめて、手放せなくなりますよね。

自分にとって、歌というのは、ちょっとそういう感じがあったけれど、それを自分で分かっていても、どうすることも出来ない、というジレンマがあって・・・。

 

その、握りしめたい強い想いが、気がついたらなくなっていました。

ああ、気持ちを手放すって、こういうことを言うのだな、という感じです。

 

べつに、諦めるということではないのです。

ただ、執着しないというか・・・。

人生の目的から逸れなければ、何をしていても(していなくても)自分なのだな〜。

 

歌うことは好きだし、これからも続けていくけれど、もしも、もっとやるべきことが出て来たら、やめてもいいと思える覚悟。

 

やりたい想いは、大切。

でも、それが強すぎれば「我」になる。

 

そして、我で歌ったうたは、誰の心にも届かない。

どんなに上手に歌っても、ただ傲慢になってゆくだけ・・・。

 

人生には遊びが必要。

心にも遊びが必要。

車のハンドルのようにネ。