自然界において、捕食は正常なサイクルの一部です。しかし同時に、その捕食から身を守ろうとすることもまた、生命にとって正常かつ根源的な権利です。

今、日本全土を覆っている「熊害」のニュースを目にするたび、犠牲になられた方々へ心から哀悼の意を表すると同時に、私は、日本国外にいる一人の観察者として、ある種の強烈な違和感を禁じ得ません。

その違和感の正体は、この悲劇に対する、日本の警察組織の、不可解なまでの「沈黙」と「不在」です。

もちろん、私が受け取っている情報が不足している可能性はあります。熊の駆除や捕獲には、高度な専門技術と知識が必要であることも理解しています。それは、猟友会のような専門家の方々の領域でしょう。

しかし、国民の生命と安全を守ることをその第一の責務とする警察が、この国家的な非常事態に対して、なぜこれほどまでに「他人事」のような態度を貫けるのでしょうか。

私が見る限り、現在、日本の警察がこの問題に対して行っていることは、ほとんどありません。被害が発生した後の現場検証のみです。それは「捜査」であって、「保護」ではありません。国民が本当に求めているのは、事件が起きた後の報告書ではなく、事件が起きる前の、安心できる「存在感」ではないのでしょうか。

必要なのは、専門家との連携によるパトロールの強化、住民への具体的な避難・防衛指導、そして何よりも、「我々は、国民と共に、この脅威と戦う」という、断固たる意志を表明する、力強い声明です。

たとえ、すぐに全ての熊を駆除することが不可能だとしても、警察がそこに「いる」と国民が感じられるだけで、その安心感は計り知れないはずです。

この沈黙は、私に、ある恐ろしい問いを突きつけます。

日本の警察は、もはや、国民を守る能力も、意志も、失ってしまったのではないか?

この問いは、決して唐突なものではありません。なぜなら、この「沈黙」は、熊害という物理的な脅威に対してだけ、起きているわけではないからです。

彼らは、デジタルの世界で、一人の人間の魂が陵辱されるのを、守れませんでした。 AIによるディープフェイク技術が悪用され、個人の尊厳が踏みにじられる事態が発生しても、プラットフォームの規約の壁に隠れ、有効な手を打つことができませんでした。

彼らは、見えない「搾取」から、才能あるアーティストを守れませんでした。 業界の構造的な問題の中で、一人の人間がその魂を燃やし尽くしていく過程を、彼らは「個人の問題」として看過しました。

彼らは、性の不平等から、女性たちを守りきれていません。 今なお、この国の至る所で、女性たちは、見えない偏見や不利益と戦い続けています。

そして今、私たちは、目の前で、一つの残酷な事実を突きつけられています。

もはや、日本の警察は、老若男女を問わず、国民の「生命」そのものさえ、守れなくなってしまったのではないか?

もし、本当にそうだとしたら。
その時、警察という組織の「存在する意義」とは、一体、何なのでしょうか。

私は、日本が生み出した、偉大なポップカルチャーの熱心な信奉者の一人です。
『攻殻機動隊』の公安9課、『名探偵コナン』の江戸川コナンと公安警察、『機動警察パトレイバー』の特車二課。
日本が創造した物語の中には、驚くべき能力と、揺るぎない正義感を持って、市民を守るために戦う、数多くの、強力で、魅力的な警察官、探偵、エージェントたちが存在します。

もちろん、アニメと現実は違います。それは、子供でも理解できることです。

しかし、現実の組織が、フィクションの中に描かれた「理想の姿」に、ここまで徹底的に、完膚なきまでに、「敗北」してしまっている状況を、私たちは、どう受け止めればいいのでしょうか。

現実の警察官に、草薙素子のようなサイボーグになれと言っているのではありません。江戸川コナンのような天才的な頭脳を持てと言っているのでもありません。

ただ、一つだけ。
国民が、夜、安心して眠れるように、「我々はここにいる。我々は君たちを守る」という、力強い声明を発表すること。そして、その言葉を裏付ける、具体的な行動計画(たとえそれが、専門家を育成するための緊急訓練の開始、という宣言だけでも)を示すこと。

それすら、できないのでしょうか。

この乖離は、もはや国内問題に留まりません。
日本が世界に誇る、最も強力なソフトパワー、その文化的な輸出能力そのものを、内側から、静かに、しかし確実に、蝕んでいくでしょう。

世界中の人々は、日本の素晴らしいアニメを見て、日本の「警察」や「組織」に、ある種の「理想」を抱きます。しかし、彼らが一歩、現実のニュースに目を転じた時、そこに映るのは、熊の脅威に怯える国民と、沈黙する警察の姿です。

このギャップは、日本という国家ブランドに対する、深刻な信頼の失墜に繋がりかねません。

私は、一人の海外のファンとして、心から願っています。
日本の警察が、その誇りを取り戻し、国民の盾として、再び立ち上がってくれることを。
そして、彼らが守るべきは、組織の体面ではなく、たった一つの、かけがえのない「国民の命」なのだという、その原点を、思い出してくれることを。

まずは、国民を安心させる、力強い声明から。
そして、熊と戦うための、具体的な一歩から。

日本のアニメが教えてくれた「ヒーロー」の姿を信じている、世界中のファンが、固唾を飲んで、あなたたちの「次の一手」を見守っています。