☆実践の前に注意点

例えば、
非常にストレスを感じながら生活しているのなら、
病気になっていなくてもこの『あるがまま』は有効でしょう。

しかし、
完全に病気の状態(または、自分では病気かどうか判断が付かない状態)では、
先ずはシッカリと治療をすることが当然ながら優先です。
『あるがまま』は魔法ではないので、
うつ病を薬もなしに治すようなことはありません。
やはり、
『シッカリ服用 シッカリ休養』と言う治療の大前提が大切です。


もう一つ、
完全なる『あるがまま』にこだわったら、
それはもう『あるがまま』ではないのです。

完全に何事にも捕らわれない状態はあり得ません。

そうではなく、
症状にだけに捕らわれないように、
多少は涙ぐんでもうなだれてもいいので、
やるべきことを淡々とこなすこと
が大切です。


この淡々とした態度があるがままを生み出すのです。


具合が悪いと、
もがいてネットに書き込んだり、
友人に連絡を取ったりするかたがいますが、
これを森田療法で考えると、
症状と戦わず(つまり苦しまず)
ただ薬を飲んでゆっくり休むと言う、
やるべきことを淡々とやることが、
最も苦しくない方法なのです。


夏は暑いもの
冬は寒いもの
と同じように、
嫌なことや、ショックなことや、
失敗などが起これば、
誰しも落ち込むものです。

落ち込まないようにしようとすればするほど、
些細な体調の心配などの目が行ってしまいます。

むしろ、
うなだれようと、多少涙ぐもうと、
淡々とやるべきことをすると、
体調の変化に振り回されたりせず、
より楽に生きることが出来るようになります。


いろいろな場面で使えますから、
皆さんも練習してみて下さいね。 





☆あるがままとは

そのような認知の偏りを持ってしまう病気の克服方法は、
『あるがまま』と呼ばれる態度であり、
不安や症状を排除すること自体を止めて、
そのままにしておく態度を養う事です。

不安は不安として抱えながらも、
それに全ての心配を傾けてしまうのではなく、
ある意味淡々と、
日々生活して行くことです。


例えば、
雑念を一切払って勉強に打ち込もうとすると、
それまで気にならなかった隣室のテレビの音、
車の走る音など雑音が気になり集中出来ない。

静かな環境を求めて図書館へ行くと、
今度は人が多く落ち着かない。

それを避けて公園へ行くと、
川の流れる音、木々を渡る風の音が気になる。

それを逃れて山奥へ入ると、
枯れ葉が落ちる音まで気になる。

完全を求めるほど完全から遠ざかってしまう。


むしろ雑念を持ちながら、
隣室のテレビの音を気にしながら、
本を開いて勉強しているうちに、
いつの間にか集中して、
気が付くと雑念も少なく、
音もさほど気にならない。

これが『あるがまま』です。



そのためには、不安を抱えながらも生活の中で、
必要な事(なすべきこと)から行動し、
建設的に生きるという事をガイドし、
患者さん自身が模索し実践して貰う治療方法です。


同じことは身体の具合の悪さや、
対人緊張などにも当て嵌まります。
苦痛をすっかりなくそうと『こだわらず』、
苦痛を『あるがまま』に感じながら、
やるべきことに集中する態度が、
この悪循環を断つことに繋がるのです。


世の中に完全と言うものはありません。
欲を出さず、気分に流されず、
真っ直ぐにその日その日を生きて行くのが、
最も苦痛を感じない生き方であり、

症状と無意味に戦わずに治す道です。


これは森田正馬と言うひとが作った
有名な【森田療法】の入口であり、
基本の一つです。



つづく
☆森田療法と認知の偏り

これは、
大正時代に我が国で誕生した心理療法の一つです。

私が唱える『あるがまま』と言う、
生きる知恵はこの森田療法の基本から来ています。


森田療法では【神経症】には、
特有の心理メカニズムがあるとしています。
その心理的メカニズムとは、
思想の矛盾(つまり認知の偏り)と呼ばれる
不可能を可能にしようとする心の葛藤だと説明しています。

分かりやすく言うと、
夏は暑い、
冬は寒いと言う現実を受け入れずに、
夏は暑いから涼しくしよう、
冬は寒いから暖かくしよう

すればするほどに完全から遠のき、

夏でも涼しくない。 
冬でも暖かくない。

完全でないことにココロがとらわれてしまう。


といった思考の矛盾です。


こうした
思考の矛盾は神経症と言う概念が廃れた現代でも有効なのです。

昔の神経症は現代風の病名で言うと、

強迫性障害
気分変調性障害
社会(社交)不安障害
全般性不安障害
などの病気です。
これらの病気が起こって行くのは、
不可能を可能とする思考が引き起こすと言えますし、

パニック障害やうつ病なども、
治りにくいケースや何度も反復してしまうケースでは、
有効である可能性が高い思考法と言えるのです。



つづく