お立ち寄りいただき

ありがとうございます照れ

 

このブログは

 

「できるだけ長く元気に
 自分の得意を活かして
 張りのある毎日を過ごしたい‼」

 

と 思っていらっしゃる方に向けて

心を込めて書いていますドキドキ

 

ラブラブ 必要な方に 届きますように ラブラブ

 

 

 

2つの台風の来襲とともに

水害 風害 熱波 水不足と

各地が大変なことになっていますね。

 

皆さんの住む地域は

大丈夫でしょうか?

 

 

今日は 予定を変更して

私のことを書こうと思います。

 

 

いつも心にいるのは曾祖母 

 

私は普段 認知症専門病院で

作業療法士という

リハビリの仕事をしています。

 

作業療法士を志した理由は

大好きだった曾祖母の

認知症による変化がきっかけでした。

 

 

曾祖母は 

戦争で曾祖父を早くに亡くし

女手一つで 祖母を育て上げた人。

 

明治生まれの人らしい

まじめで丁寧 優しくて我慢強い

そんな人でした。

 

雨の日は 室内の窓際で

小豆の選別をし

晴れた日は 畑で家族の為の

農作物を作っている。

 

腰が曲がってつらいだろうに

曾祖母はいつも

なにかと細やかに働いていました。

 

 

 

曾祖母が認知症に 

 

そんな曾祖母は あるとき

脳血管性の認知症と診断され

自宅での介護ができなくなり

精神科の病院に入院します。

 

泣き言なんて言わなかった曾祖母が

真っ白い廊下や壁の続く病院で

トイレの場所と使い方が分からず

子どもみたいに泣いているのを見たとき

私は 怒りと悲しみを強く感じました。

 

 

「こんなところ(無機質な病院)に居たら

 ひばあちゃんは 治るものも治らない」

 

 

当時の私は まだ高校生くらいで

作業療法とか 

認知症(当時は痴呆症だったかと)とか

聞いたこともなく

 

ただただ 曾祖母と一緒に

途方に暮れて 

泣くことしかできませんでした。

 

 

認知症のある曾祖母にしたかったこと 

 

作業療法については

知らなかったんですけれど

曾祖母が元気になるだろう方法については

なんとなく わかっていたんです。

 

 

曾祖母は 自宅の窓辺で

小豆の選り分けならできるはず。

 

自分ができることを

「できる」とわかったら

曾祖母はきっと

元気になっていくはずだ。

 

 

実際には それをすることは叶わず

小豆の選り分けくらいで

曾祖母が元気になったかも

わかりませんが

 

アプローチの仕方としては

素人にしてはいい線行ってたなと

今は思います。

 

 

私は認知症のある方の

そばにいるのが大好きです照れ

たまにどうしても

相性が悪いと思う患者さんも

いらっしゃいますけれどあせる

 

 

 

認知症のある方に

その方がわかる できる環境を整えて

安心して 心穏やかに

少しでも元気に過ごしてもらいたい。

 

認知症のある方への

私の想いの根底には

曾祖母にはできなかったけれど…

という心残りが

ずっとあるのかもしれません。

 

 

 

 

なので 地域の居場所

「はーもにあす」に関わってしまった

地域のシニアの皆さん

 

長生きをするなら避けて通れないらしい

認知症になったとしても

いい加減にしてといわれるまで

がっつりと

お側に居させていただきますねドキドキ

 

 

 

 

活き活きと暮らしたい方と作る

神奈川県 綾瀬市の居場所

  

 

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最後までお読みいただき

ありがとうございましたドキドキ