人間万事塞翁が馬 丙午ですが何か? 或るパテシェの東京時代ノンフィクション

人間万事塞翁が馬 丙午ですが何か? 或るパテシェの東京時代ノンフィクション

丙午年の生まれです。とうとう丙午の年が来ました。
山形生まれ、バブル期を東京で過ごし、家を継ぐために山形で暮らしています。昭和、平成、令和と時代をめぐって稀な世代『丙午』とは何なのか自問自答の人生です。

BS朝日

「いと次郎が歩く!中目黒~学芸大学」編 | バナナマン日村が歩く! ウォーキングのひむ太郎 | BS朝日

 

何ということでしょう!…先月前々回のタイトルで、在京中の懐かしい場所の番組を見た感激を書いたのですが、その一か月後にまたまた懐かしい地名が出ていて見てしまいました。

実際はOAの次の日に”ティーバー”で見たのですが、その内容はこの番組らしく歩きながら通りを紹介するので、目線がリアルですし、割とゆっくりなのが良いですね。先月から僅かな時間差でまたも自分の在京中の懐かしい場所がこんなに詳細(?)に見れるなんて!と、思ったより感情移入してしまっていました。

バナナマン日村が体調不良で代わりにスピードワゴン井戸田が歩くのですが、今回は井戸田氏がかつて上京して初めて東横線の中目黒でバイトしたという所から、線路沿いに祐天寺を経由して、住んでいた学芸大学に。というコースでした。

自分が中目黒に住んでいた時は井戸田氏よりも数年前ということになりますが、お約束の目黒川沿いからなんと自分も井戸田氏も思い出の目黒銀座商店街に!というのも駅から目黒銀座商店街を横切った所が自分のアパートでしたから。彼が懐かしい!なつかしい!と言いながら商店街も祐天寺方面へ線路沿いに歩いてくれた時は自分も”おぉ!”と声が出るほどでした。

歩きながら井戸田氏の住んでいた方面に近づくと、彼から印象的なセリフが出ます。

「昔自分が住んでいた界隈に来るとワクワクするよね!当時あーだったこうだったって…。」声が弾みます。そしてゴールの学芸大学駅に。…僅か3キロ約90分の行程と最後に地図が出ましたが、思い出がありすぎて(時間が)足りない!と嘆く姿も印象的でした。

井戸田氏は自宅アパートから中目黒のバイト先まで原付バイクを使っていた事を匂わせていたので、リアルな道すがらの状況が彼なりに思い出して刺さった感じが見て取れました。自分も中目黒の自宅アパートから広尾の店までバイクでの通勤が多かったので、その光景を思い描くとなると、気持ちは大いに共感できます。

この手のTV番組が増えて来たとは言え、かつての生活の場を立て続けに見れた自分もそこにいて、勝手にですが縁とか不思議な感覚を覚えてしまいます。還暦の丙午生まれの今年、まだまだ何かあるのでしょう。そして機会があればこの手の番組のようにかつての生活の地を歩いてみたいと改めて思うのでした。

 

 

 

1988年12月のとあるハガキ裏面

久々のバブル期の東京の話。

「なんとなく、クリスタル」と言うタイトルをご存じでしょうか?1980年代初頭にミリオンセラーになった小説本で、映画にもなりました。田中康夫氏の著書で、知る人ぞ知るバブル期の始まりとされた書籍です。自分の中学生の頃に発刊され読んだ記憶があります。

そのストーリーはさておき、内容は高級ブランドショップやアパレル、アーバンな情報が実名で次々出て来る、当時の田舎者は当然チンプンカンプン、在京者にもまだ未知であったであろうモノだったと思われます。その中に登場するブランドの一つが「アルファキュービック」

広尾の店の社長のご子息は、たぶん関連会社で働いており、当時の工場の皆にこのハガキを配って下さいました。都合を付けて皆で行こうよ!的な事になり、ご子息とチーフ以下数名で行った記憶があります。

そこではハイブランドなアパレルやグッズが格安で売られていて、サンプル的な物を頂いたり、ご子息には何か買って貰ったりして、独特なバブル期の雰囲気を感じたものでした。

自分の買い物もし、半価値が付いていたメイドインフランス🇫🇷の高級な靴を買いました。高級な靴なので冠婚葬祭とかでしか履けません。おかげで今も健在で時々使っています。当時の商品は物自体も高級なのです。

なので、それを見るたびこの時買った事を思い出すのです。

その頃は今で言う所の港区女子ならぬ港区男子みたくなっていました。自分で言うのもなんですが給料は少ないのですが中目黒のアパートから広尾の店に地下鉄やバイクで通い、赤坂と六本木と麻布十番に毎日のように配達で回り、この日のように時には時代の象徴とも言える体験も出来てきて、当時は普通に思えた日常だったのですが、振り返ればまるでトレンディードラマのようだったのかも知れません。

石原良純&小泉孝太郎が渋谷を大冒険 渋谷川を源流までさかのぼる 巨大暗渠にも潜入『火曜の良純孝太郎 3時間SP』 | TV LIFE web

 

バナナマン日村が歩く!ウォーキングのひむ太郎 - YouTube

 

上記2つのTV番組を見ました。

まるで何かに導かれるように、2年前の5月、「NHKTV SONGSを見た」の如く新聞のTV番組紹介欄に出ていたのを見て、何か関連を感じてしまったのです。

3月に①を見ていて港区の地名、1の橋、2の橋、…古川橋、と出てきた瞬間ここだ!と、懐かしい場所が出てきたのでした。恥ずかしながらあの「渋谷川」が広尾の天現寺橋から「古川」と名前が変わるのをコレを見て初めて知りました。

「東京パティシエ広尾編」に前出のとおり、広尾駅から天現寺橋交差点を渡って左折した所が自分のいたお店・工場でしたので古川はすぐ近くにあり、建物(マンション)の駐車場が川の対岸沿いにすぐにありましたので超身近な川だったのです。当時からそう奇麗でも汚くも無く、ただ大雨が降ると水かさが増して濁流が流れる時もあり、ちゃんとした川なんだな、位な感じでした。

②も、まさかの地名被りで、①が川の中に入って(!)遡ったのに対して、渋谷から川沿いを歩くと言う散歩タイプです。OAは天現寺橋まででしたがそれでも十分かつての雰囲気を勝手に感じる事が出来ました。

渋谷の再開発が絡んでの暗渠された渋谷川と暗渠外の渋谷川を改めて紹介する旨の両番組ですが、かつて何度も通った場所がまた出て来るとなると当時を改めて懐かしく思い出すものです。

それは2年前の吉祥寺・井の頭公園のOAを見た時と同じです。

今年丙午を迎えその因縁めいた自身の生い立ちを考える、特に在京中のバブル期の東京を体感した何となく普通ではない意味と、とうとう今年還暦を迎え、振り返りながらブログを書いている中で、良い年なのか悪い年なのか、これからの年月を分析する意味でも、これらの番組を見たと言う意味は何か大きい感じがします。そんなんで今年、最強運を自負したのに厄年が勝る感じで身内の不幸や良くない事が起きているのが現実なこの頃ですが、塞翁が馬的な何かが起こる気もする不思議な感覚がする2つの番組でした。