人間万事塞翁が馬 丙午ですが何か? 或るパテシェの東京時代ノンフィクション

人間万事塞翁が馬 丙午ですが何か? 或るパテシェの東京時代ノンフィクション

丙午年の生まれです。とうとう丙午の年が来ました。
山形生まれ、バブル期を東京で過ごし、家を継ぐために山形で暮らしています。昭和、平成、令和と時代をめぐって稀な世代『丙午』とは何なのか自問自答の人生です。

たぶん彼等とて初めから強い繋がりでは無いのでしょうが、自分のように出生時の特異性を何らかで意識した時から、同じ境遇に同時に生きる者として、それぞれの方々が何かの機会に会した時、〝丙午生まれ”その話題にならないはずがありません。

 

デビュー当時から現在に至るまで活躍されている、多くの多才な面々で有名な方々ですが、これも〝丙午生まれ”の特異な魔力が働いたのか!とも取れますが、彼ら(自分ら)が社会人として、世に出る時代が真に”バブル期”と言う日本の超好景気の影響が大きいのかと思われます。

何度も書いて来ましたように、丁度のタイミングが重要で、この時代、エンターテインメントな芸能界も毎年のようにアイドルが多数デビューし、追随するバンドや俳優たちも多く出てきました。TVのトレンディードラマが社会現象化し、その年代の恩恵を受けたのが我々世代です。ただ、バブル崩壊後は芸能界も生き残りが大変だったはずで、今なおそこで活躍されているのは素晴らしい事です。

そして同じ"丙午生まれ”として何かやろうと言う事は凄く納得がいくと言いますか、自然と応援したくなります。名前もオシャレでイイですよね。『ROOTS66』アメリカの有名な国道を文字って1966年生まれを逆手に取る・・みたいな。

ただ地方に住む者としては、この物価高で節約志向が進む中、ライブ代や移動費用は出せません!仕事も休めません!これもしょうがないですかな。

本日は成人の日です。今は18歳で成人と法律が変わりましたので、「二十歳の集い」と称しての式典が多いようです。

自分の頃を思い出しますと、成人式には参加しておりません。出来なかったと言った方がいいのでしょうか。丁稚奉公も2年が過ぎ、吉祥寺の店でもいろいろと作業を任されて来て、クリスマスから年末年始と忙しく工場で作業していたのを記憶しています。正月休みも1日か2日でそのまま成人の日も普通の祝日扱いで、もちろん出勤です。店側も自分が成人の日の該当者であることは認識していると思ったのですが、休むか?とか、地元の式典はあるのか?とか聞かれた記憶もなく、実際その日か後日、中学の同級生で当時在京の大学生の友人と、2人きりで井の頭公園近くの焼き鳥屋でしみじみと祝杯を挙げた事を覚えています。その友人もアルバイトか何か外せない事情で田舎に帰る事が出来ず、しんみりしていた感じでした。

自分が成人式の当事者であるこの日、実はお店に成人の日を祝うデコレーションケーキの注文が数件入っていまして、何故か担当が自分で、当日の朝に作った記憶があります。しかも大型のサイズです。メッセージプレートにも「祝 成人」とか「成人おめでとう」とかきっちり書いて仕上げたのでしたが、流石にその時はあれ?自分も該当者なんだよな~?と違和感がふつふつと湧いて来まして、複雑な気持ちになりました。

上京してすぐ丁稚奉公とはいえ社会人として働いて来まして、在京の中高の同級生らはほとんど学生で、時間の使い方、進み方が違う事は当初から認識していました。特に職人の修業の身である事のプライドみたいなモノもあり、仕事を休んで田舎に帰ってまで成人式に出たい気持ちは実は全くと言っていい程ありませんでした。

ですが、焼き鳥屋さんでしみじみと乾杯した大学生の同級生はそうではありませんでした。かなり残念そうで、寂しい口調で話すので、それに釣られてこちらも寂しそうな口調になってしまいました。確かに自分もその日が特別な日なのに普通に仕事で、更に他人の成人式のお祝いのデコレーションケーキを作って違和感を感じた事などを話したものですから、逆にかわいそうと思ってくれたのかも知れません。

その焼き鳥屋さんは当時も今も人気の店で、吉祥寺駅から井の頭公園に向かう道すがら公園の手前にある、伊勢屋さんです。ある意味有名店です。

吉祥寺近辺が舞台の「俺たちの旅」の映画「50年目の俺たちの旅」が先日から封切となりました。(続く)

明けましておめでとうございます。

丙午の年が始まりました。もう日にちは経っていますが年明けから、丙午年はこういった年だ!と言うニュース記事がアップされています。例えば、、

 

 

 

…予想はしていましたが、割と詳しく「丙午年」が説明されていたり、女性の苦難的な経緯が報じられていたり、60年前のこの年だけ出生数が激減しているのは何となくご理解頂けていると思います。

記事によれば女子の災難的内容が多いのですが、でも我ら男子・男性もそれなりに陰日なたでいろいろと言われてきたのは事実です。

これまで書いて来ましたように、〝レアで稀な人類史…(コレは元日のラジオ番組での丙午年生まれの男性パーソナリティが言っていました。いい表現だと思います)”を生きて来たと自負できるほど…自分の場合はその不思議な巡り合わせ・生まれた家の職業を含め時代背景とか、幸か不幸か、当たりか外れか、まさに「人間万事塞翁が馬」を連想する半生だったと思います。

そう思う反面冷静に見れば、たぶん皆さんの周りに今年60才になる「丙午生まれ」の方は探せばいらっしゃるはずで、その方が特別波乱万丈な人生を送っているかと言うとそうでもないでしょう。ただ自分のように時折振り返ってみれば、幼少期から何かと「丙午生まれ…」と言われて来て嫌だったとか、自覚がある年代なのです。親しい友人=同級生のほとんどは丙午生まれで、口を揃えて同じ思いをしたと確認し合うほどです。

さて本年は我ら同級生たちにどういった1年となりますか。厄年でもあり、年祝いとも言われるし、同級会があるかどうかも未定ですが、少なからず同級生たちと会うたびにそれらの話となり、確認したり懐かしんだりするのでしょう。