電車の中でターザンになる夢を見る。



広大なジャングルに王者の雄叫びが響き渡る。

<ア~アア~>

動物達が、鳥が、蝶が、花が、木が、一斉に私を仰ぎ見る。私はあらん限りの声で叫ぶ。
<ア~アア・・・>

そこで目覚めると電車の中だった。

夢だと気付き、寝ぼけ眼でぼんやりしているとチクチクと視線を感じる。

周囲の乗客達が私をちらちらと見てる。

しばらく訳がわからなかったが、もしやと気付き、慌てて顔を伏せる。

私は夢の中だけでなく、現実の電車の中でも…。目を閉じてしばらくそれについて思いを巡らす。

すると、また緑のジャングルがマブタに映し出される。

私は思わず叫ぶ。

<ア~アア~>

その時肩を揺すられ目覚める。

駅員がちょっと降りて下さいと言う。私は言われるがまま電車を降りる。事実関係を確かめたいので駅長室まで来てもらえますかと駅員が言う。犯罪になるようなことは何もしてないのに何故です?と私は尋ねる。来てもらわないと困ります。少し話をききたいだけです。と駅員が答える。私は何故です?と問い返す。駅員はまた同じことを言う。私と駅員はホームでその問答をしていたので、電車を待つ他の客が皆、私と駅員を見ている。私は仕方なく駅長室まで行く。

駅長室のドアを開けると、部屋の中央に大きな木製の机に、映画「エマニュエル夫人」みたいな大きな籐椅子にふんぞり返っている老人がいる。見覚えのある老人だった。
「大家さん!何をしているのです?」

「これはこれはどうも。私は念願かなって1日駅長になったのです。美人と駅長は三日で飽きると言いますからね、一日くらいが丁度いいと思いましてね」

大家はそう言うと、ガハハと大きな声で笑った。

笑い声を遮るように駅員が早足で大家のそばまで近寄り、何かヒソヒソと耳打ちし始めた。大家は何度か頷きながら、黙って聞いている。私は駅長室の入口で立ったままその様子を見ていた。

よろしい、この件は私が預かった、きみは仕事に戻りなさい、と大家が言うと、駅員は釈然としない表情で部屋を去っていった。


駅長室に私と大家の二人だけになった。

大家は机にヒジをつき、頭を抱えてしばらく何か考え込んでいた。

「大家さん、私は何故ここに呼ばれたのですか?」

私は尋ねる。

大家は頭を抱えた姿勢のまま動かない。

私は部屋に入り大家のいるところまで近づき同じことを繰り返し尋ねる。

すると、大家は顔を上げ「私は今日一日は駅長なのです。この件に関しては私の駅長の権力でもみ消しておきます。今日のところはあなたも帰りなさい」と言った。

「しかし、私には何がなんだかわからないのです」

大家は机の引き出しを開け、そこから電車の模型を取り出し、机の上に置いた。

「幼い頃から駅長になるのが夢でした。今日ようやく、その念願がかない駅長になったのです。なのに、あなたは私の夢を踏みにじるようなことをした。」

大家はそう言うと、電車の模型を床に叩きつけた。

「しかし私の駅長生活もあと数時間で終わりです。これからまた長く平坦な生活に戻ります。さあ、あなたも自分の生活に帰りなさい」

「はあ、しかし・・」

「私は今日一日の仕事で疲れました。少し仮眠をとります」

大家はそう言うと、椅子から立ち上がり、机の上に仰向けに寝転んだ。

しばらくすると、大家の寝息が聞こえてきた。

静寂が部屋を満たす。


私はこのまま帰ってもよかったのだが、何か釈然としない。

壁を見ると、歴代の駅長の顔写真が飾ってある。だが、大家がこの中に入ることはないだろう。

そう思うと、私はやはり大家に訊かねばならないと思った。

「大家さん、起きてください、大家さん」

私は大家の肩に手をかけ、寝息をたてる大家に呼びかける。

大家はビクっと体を揺らし、マブタを開ける。

「夢を見ていました。私がアパートの大家になり、住人からの家賃収入で暮らしているという夢です。全く馬鹿げた夢です。」

大家は仰向けのまま天井を見ながらそう言うと、そばにいた私の顔を見て驚いた顔をする。

「おや?あなたは確かアパートの・・・ということは私は駅長ではなく・・・何てことだ」

大家は両手で顔を覆い、しゃくりあげながら泣き始めた。

私はどうしていいかわからず、ただ黙って見ていた。

今度は大家の泣く声が部屋を満たす。


ひとしきり泣くと大家は上半身を起こし、私にエマニュエル夫人の椅子に座るようすすめた。

私は椅子にすわり大家に尋ねる。

「大家さん、私はどうしても・・」

「今日は駅長です」

「あ、駅長さん、私はわからないのです。何故自分がここにいるのか?」

すると、大家は涙をぬぐい、静かな口調で私に問いかけた。

「あなたは電車の中で居眠りをしていましたね?」

私は頷く。

「あなたはそこで夢を見ていましたね?」

私はまた頷く。

「夢を見ている間はあなたは自由です。しかし、夢がさめれば、あなたは責任をとらなくてはならないのです。」

「はあ、それはどういう・・・」

その時、壁にかかったスピーカーから大音量のエマニュエル夫人のテーマが流れ出した。

すると、大家は慌てた様子で立ち上がり机の引き出しの中の書類をむちゃくちゃにカバンに詰め始めた。

カバンが書類でいっぱいになると、今度は服のあらゆるポケットに書類をくちゃくちゃに押し込んでいる。

「緊急駅長会議が始まる合図です。私は行かなくてはなりません」大家は書類でぱんぱんに膨れたカバンを抱えて、この話の続きはまた今度アパートの家賃の支払いの時にしましょう、と言って、慌てふためきながら駅長室を出て行った。


大家が出て行ったあとも大音量のエマニュエル夫人のテーマが駅長室に流れていたが、しばらくすると、

それも止み、再び静寂が訪れた。

私はエマニュエル夫人の椅子に座ったまま、今日一日の出来事を頭で整理しようとしたが、頭が混乱するだけだった。

全身にひどい疲れを感じる。

私は椅子から立ち上がり、机の上に仰向けに寝転んで目を閉じた。

すると、マブタの奥にさっき見た映像が再びゆっくりと浮かんできた。

鬱蒼とした緑濃いジャングルが目の前に現れる。

私は思わず叫ぶ。


<ア~アア~>




おわり