下息子の学校から、卒業ミサのご案内が来た。おりしも研修終了準備と新規受け入れに忙しい頃、
どうしよっかな〜
と思った。
が、何故か忙しいはずの旦那がノリノリ
旦那が行くならいいんじゃね〜?
とも思った。
が、正式なミサって参加したことがなく、調子はいいけど心優しいオヤジ職人上司に、休暇をいただいていいか相談したら、
別に構わないよ
と言われ、のびスネ夫にいいだけ振り回されて、疲労困憊なのもあり、休暇を取ってミサに参加した。下息子の学校にはちゃんと教会がある。
何を着ていく?ってふと思い、
もしかして宗教的にはちゃんとした行事で、慌てて黒スーツ着用。が、中で脱げばいいだろうって赤のアウトドアジャケット着用だった。教会は冷え切っていて、
赤のジャケット脱げず
もともと同じ宗派の信者の方はやっぱり礼装でジャケットを脱いでいた。
ここで下賤な人間であることダダ漏れ
宗教心は薄く、神のお慈悲で入学させていただいた身ゆえ…
だったらちゃんと礼装しろって
実はオババ、宗教とはあまり関係のない人生を送っており、なんなら結婚するまで仏壇が実家になければ墓参りも数えるほど。
宗教といえばカルトなイメージ、かつ集団で浮きがちな縛られたくないタイプのため、宗教に対してはかなり後ろ向きだった。
ミサという場で神父様どんな説教をするのか、期待と懐疑を持って臨んでいた。卒業ミサとあって、外部から格の高い神父様が招かれていた。式典ということで、色褪せた聖書の一節とか語られるんだろうなと思っていた。話の概要は、
その神父様の元に少女の頃から祈りを捧げに来ていた女性がいた。その少女が年頃になり、結婚することになり、その神父様の元で結婚式をあげたいということで、婚約者の男性と共にその女性が挨拶にきた。神父様はその男性に、「なぜその女性と結婚するのか?」と問うた。その男性は、
「女性が自分の格に相応しいから。」
と答えた。神父様は女性がこの男性と結婚するのはどうなのかと感じたが、女性の決めたことなので口は出さず見守った。それからしばらくして女性から、結婚の準備をしている中で、しっくりいかなくなり、その男性とは破談になったという連絡があった。神父様は信心深い彼女がその男性と夫婦になることはなく、胸をなでおろした。結婚とはお互いを認め合い添い遂げること、自分の格を気にして相手を選ぶなど持っての他
という感じだった。
共学化初の卒業生が出る年で、男子生徒は1割も満たず、女性により過ぎ感は否めないが、宗教とはいっても、現実社会において、人としての正しい姿を示している内容に感心してしまった。
これが本来の宗教のあるべき姿なんだろうなと感じた。
自分の格に相応しいかで結婚を決める人とは一緒にならない方がいい
一方でオババがいま置く場所(職場=魔境)は、自分のプライドを守るため、自分の凄いとこを常に押し付けて来る人ばかり
魔境の生き物が、この神父様の話を聴いたらどう思うのだろう?
結局自分はこの神父様の主張の通り生きてるとか思うのかも知れない。なにしろ魔境の生き物なので。
「馬鹿の壁」という書物が流行ったとき、イマイチピンとこなかったけど、エリート階級の阿呆ってそんな感じなのだど、下賤で阿呆なオババ、50半ばでようやく理解。
オババ、ま〜たまたまお利口になっちゃったもんな。
その翌日、いよいよ卒業式に臨むのであった。
その頃見つけた新たなパラダイス。職場沿線チェーンの喫茶店で1人スイーツ。美味しいものを食べるのに子供らを誘ってもツンツンされて気分悪いので、だったら1人で行くわと思い始めた今日この頃。
