稲盛さんは、経営するにあたって
一番大事なものは
企業トップとして判断する
その際の判断基準だと
おっしゃっています。

人間として何が正しいのか

それが京セラを作った時の
稲盛さんの判断基準だったそうです。

人間として正しいことを
正しいまま貫いていく

初歩的ですごくシンプルな判断基準だと
思われるかもしれないが、
大きくなった今でも京セラの中で
その判断基準は今でも
ひとつも変わっていない。

では、人として何が正しいのか?
という言葉も
自分も少しあいまいで
ぼんやりした形だったのですが、
次のことを学んでから
少し見えてきた部分があります。

法治国家の中では、
法律のもとに
国家も運営されてるし
人々が暮らしています。

これをしちゃいけない。
これをしたら罰するという法律があります。

でも、それは人間が作ってきた
社会を作るために作った規則です。

人として何が正しいかということは、
その法律を超えたところに存在する。

だから法律に触れないように判断するのでもなく、
法律的に正しいことを行うのは
当然のことながら
もっと根源的なもの
人間として正しいことを貫いていくところに
判断基準が必要だって思います。

儲かる儲からないとか、色々な判断基準があると思いますが、
人間として正しいこと
そこに自分も判断基準を持とうって思います。