・たくさんお金を持っていると、
ちょっとくらいの小さく感じるお金のことに、
あんまり頓着しなくなると思うんだけれど、
ま、じっさいには、そうとも限らなくて、
持ってる人ほど小さいお金にきびしいということもある。
若いときには、時間だけはたっぷりあって、
その時間をどうやってつぶそうかと苦心したりする。
むだづかいに近いような、
時間の消費がわかいときの大問題だったりもしてた。
目の前に、いくらでも時間があるんだもの。
そう、プールにいっぱいの金貨があるかのようにね。
どんなにむだにつかってもかまわないし、
あくせくと計画をこなして、
すべての時間を有意義にしたってかまわない。
ここで見るこの夕陽は、もう二度と見ないかもしれない。
そんなことを考えることなんて、なかったものね。
二度と見なくたって、どうでもいいと言えばいいんだ。
ただ、感じちゃうことだけが、若いときとはちがう。
もう会わないかもしれない人、
食べないかもしれない料理。
もう訪れないかもしれない街、
たぶんもう座らないであろう椅子、歌いそうもない歌。
そういうものがあると知っていたとしても、
そんなこと感じている時間はないんだよね、若いときは。
次々に目新しい時間がこんこんと湧いてくるからね。
いわば、時間の大金持ちなんだよね。
年をとって、手持ちの時間が少ないなとわかってから、
時間の使い方がじょうずになるかというと、
どうやらそういうものでもないような気がする。
毎日、むだにつかって、寝て、夜が明けている。
けちけちしてても楽しくないし、
必ずしも有意義である必要もないとは思うのだけれど、
かたくなに、将来の安楽のためにとか言って、
嫌いなこと、したくもないことを優先するのは、
あまりにももったいないなぁとは思うね。

