こんにちは![]()
今日もブログに来ていただきありがとうございます![]()
今日も私のずっと恥ずかしくて言えなかった本音
シェアします![]()
ロンダ・バーンの『ザ・マジック』。ご存知でしょうか?
現実創造を成功されているコミュニティの主宰者の方々から
感謝のワークをやると良いよ、と何人もの方に勧められました。
一人じゃない。二人でもない。何人もの人に。
「絶対いいよ」「私これで変わったよ」「やってみて!」
そんな言葉をもらうたびに、「よし、やってみよう」と思う。
でも、続かない。
何も変わらない気がする。
いつも途中で挫折する![]()
「なんで私はこんなこともできないんだろう」
「みんなはできているのに、私だけ?」
「意志が弱いのかな」
そう思って、また自分を責める
そのループが、しんどかった![]()
その反面、同時に始めた人の中には変化を感じる人もいて
人間関係が良くなった、臨時収入が入ったなど・・・
この違いって何なんだろうとずっと考えてた
でも最近、気づいたことがあって。
感謝ワークへの抵抗って、意志が弱いわけじゃないんです。
私の潜在意識の奥にあるのは、
「大切にされなかった」
「理解されなかった」
「報われなかった」
という、深い傷と欠乏感。
ずっと気づかないふりをしてきた、というか、気づこうとしていなかった感情です。
その上に、
* 見下し
* 傲慢
* 感謝できない
* 受け取れない
そういう層が乗っている状態だと気づいたんです。
これって、家を建てるときの地盤みたいなもので。
土台がぐらついたまま、上だけきれいにしようとしても、いつか崩れる。
だから感謝しようとすると、こうなる。
「感謝しなきゃ」
↓
「できない」
↓
「またできない私」
どんどん苦しくなる。
本当の問題は「感謝できないこと」じゃなかった。
感謝ワークへの抵抗の正体は、
「自分の傷を無視して、感謝しろと言われているように感じる」
ということだったんです。
傷ついた自分を置き去りにしたまま、ポジティブな気持ちだけを上塗りしようとする。
「ありがたいな」って思う前に、心のどこかが
「でも私はずっと、ちゃんともらえてこなかったじゃないか」と叫んでいる。
その声を無視して、感謝しようとするから、体が拒否する。
当然のことだったんです。
感謝って、土台があって初めてできることなんじゃないかなと思い始めています。
その土台とは、
「まず、傷ついた自分を認めること」
大切にされなかった自分、理解されなかった自分、報われなかった自分。
その子の存在を、なかったことにしない。
「そうだったね、つらかったね」「ちゃんとわかってるよ」と言ってあげること。
それなしに感謝を積み上げようとしても、砂の上に城を建てるみたいなもの。
見た目はきれいに見えても、内側はぐらぐらしたまま。
感謝できない自分を責めていた時間が、ちょっともったいなかったな、と今は思います。
できないのには、ちゃんと理由があった。
感謝できないのは、あなたが冷たい人間だからじゃない。
感謝できないのは、意志が弱いからじゃない。
まだ癒えていない傷が、そこにあるから。
あなたにも、もしかして同じように感じていることがあるなら、
感謝できない自分を責めるより先に、傷ついた自分の話を聞いてあげてほしいなと思います。
それが、本当の意味での「感謝への入り口」になるんじゃないかな、って。
最後まで読んでいただきありがとうございました![]()
