「私の命を救う為に、身代わりに…」
「…身代わり?」
思いも寄らず、驚くのような単語がカイルの口から飛び出してきた。
「お話した通り、体がとても弱かった私は祖母達の力添えもあって食も進むようになり、徐々に体を鍛えることも行えるようになっていきました。
やがて騎士の道へと進む為、励むようになると体は健康そのものになったのです。」
幼いカイルが懸命に食事を摂り、剣に励む姿は容易に想像できた。きっと人の何倍も頑張っただろうことも、カイルは口に出さないが梓紗には予想出来た。
「健康になられたのでしたら…どうして?」
淡い水色の瞳を悲しげに眇め、梓紗へと視線を向ける。
「あれは、私が13歳のことでした。
見違えるように丈夫になっていた私が原因不明の高熱に侵され、医師からは『もう打つ手はない』と匙を投げられてしまったのです。」
「…まあ!」
絶望的な病状に苦しむカイルを思い、梓紗は眉を顰めた。
「祖母はそれはそれは苦しみました。
王国内の優れた医師を探しては請うたが、医師達は皆揃って匙を投げるばかり。
体が弱かった時でさえ身を投げ打つようにして私を一番に考え動くような祖母だったから辛かっただろうに。
そんな祖母が藁にも縋る思いでいたところに、人伝てに聞いてしまったのです。
『薬断ち』のことを。」
カイルは長い指先を組んで自らの額に当て俯いた。
努めて穏やかに話そうとしてはいるが、苦い思いを飲み下すようなカイルの表情はまだ癒えていない傷口なのだと語っている。
「お祖母様は『薬断ち』をされたのですか?」
「ええ…私の命が助かるならば、祖母は薬を生涯口にしない、と願を掛けました。
祖母は元々心臓に病を抱えており発作止めの薬が必須だったのに…」
「…そんな……」
「祖母が『薬断ち』の願を掛けた後、私の熱は奇跡的に引いていき無事に元気な体へと回復しました。
だからこそ、祖母は『薬断ち』の願掛けを心から信じてしまい…二度と薬と名のつくものを口にすることはありませんでした。」
カイルの祖母の気持ちは痛いほど分かるものだ。
もし仮に自分が『薬断ち』をしたにも関わらず薬を飲んでしまった後に、再びカイルが病に倒れてしまったら…と思えば、薬など口には出来まい。
痛々しい話に梓紗の顔色も沈んでしまう。
「…運命とは皮肉なもの。
寝ずの看病や心労がたたり祖母は発作を起こしてしまったのです。
いつもの発作止めの薬を飲めば治まるのに…決して頸を縦に振ってはくれない。
だから私は泣きながら祖母に訴えた。どうか薬を飲んでほしい、と。
祖母がいなくなれば、私はこの屋敷にただ独りになってしまう。お願いだから私を置いていかないで…と泣いて縋ることよりできなかった。
祖母はそんな私を見て、力を振り絞るようにして告げました。
『愛するカイル…お祖母様は愛するカイルを決して独りにはしませんから安心なさい。
窓を見てごらん?あの夜空に瞬く星になって、お祖母様はいついつまでも愛するカイルを見守っていますからね。
立派な騎士になるのですよ…お祖母様は星になって愛するカイルをお空から見ています。』
苦しげな息の元でも私を案じて声を掛ける祖母を前にしても、私は素直に頷くことができなかった。安心させてしまったら手が届かないところへ祖母が旅立ってしまいそうで怖くて…。
『…嫌だ。』
泣いてはならないと思い必死に涙を堪える顔しか見せられないことが、また不甲斐なく…
そんな私を気遣うように祖母が最期に言ったのです。
『…ふふふ。そんな顔をしたらダメよ。これからもお祖母様は愛するカイルとずっと一緒よ。
偶に、流れ星に乗って愛するカイルの様子を見に来るから、立派な騎士になって幸せな姿を見せておくれ。』
そう告げると祖母は間もなく息を引き取りました。
忘れたことは一度としてない。
もしかしたら祖母が流れ星に乗り私の元へと来てくれるかもしれないという子供じみた希望に縋り、懸命に励んだ。
そして気がついた時には近衛騎士団団長となっていました。
あの日、夜空から流れる星星が閃光を放ちアズサ殿が現れた瞬間、祖母の魂の生まれ変わりが現れ、私に会いに来てくれたとしか、思えなかった。
心の奥底で祖母を失ったことを悔やんでいた私は、今度こそ守り抜くと胸に誓い、アズサ殿を失いたくないことが先に立つばかりでアズサ殿の心を見てはいませんでした。
誠に申し訳ないことをした。」
美しい淡い水色の瞳を伏せ、静かにカイルは梓紗へ頭を垂れた。
「私こそ、カイル様に護衛をお願いしたにも関わらず、何の御相談もせずに勝手なことをし御心配をお掛けしたこと反省しております。
カイル様がどんなに私のことを大切に考えて下さっていたのか、今更遅いですけれど…よく分かりました。
カイル様…御免なさい。お願いですから、私の護衛を離れるなんて言わないで下さい!」
梓紗を心から案じ守ろうとしていたカイルが、頑ななまでの態度で激高した理由を今やっと知ることが出来た。
深い想いからとは考えていたが、悲しいまでに寂しい、幼いカイルが抱いた想いからとは想像さえ難く、申し訳なさに梓紗は無断外出など企んだ自分を思いっきり殴りつけたい衝動に駆られた。
「アズサ殿はデラージに心を許しておられる。今後は、私が護衛を務めるよりもデラージがアズサ殿の護衛を務める方が…」
「カイル様…!!」
梓紗はカイルに飛びつくようにして抱きついた。
きっと、カイルはこうして梓紗が訪ねなければ理由を明かすこともなく、梓紗のことを思い遣り黙って独り離れて行くつもりだったのだろう。
ーーなんて不器用な人……
梓紗も自分の考えや想いを伝えることが得意ではない。そのせいで三十年もの間うじうじと拗らせてしまった。だから人のことはとやかく言えた義理はない。
されど、カイルは言い訳を良しとしない性分もあるが、これはあまりにも酷すぎる。
補って余りあるベルトランが傍にいてくれるからこそ成り立っているけれど、カイルにしか分からない理由がある場合は流石のベルトランだってお手上げだ。
ーー素直に話してくれたら…嬉しかったのに
なんで、こんな大事なことを話さずに終えようとするの…?
突然、梓紗に抱きつかれ身を強張らせるカイルの両腕をぎゅっと掴み、見下ろす淡い水色の瞳を梓紗は強く見据える。
「私もカイル様のお祖母様と同じ気持ちです!!
決してカイル様のお傍を離れませんから……勝手に独りになんて、ならないで下さい!
それともカイル様は私の護衛なんて嫌になってしまわれましたか?」
「そんな事態などあろう筈もない!私がアズサ殿の護衛を厭うことなどあり得ない。
アズサ殿が…その、私の祖母のように傍に居てくれるとは、まことなのか?」
漆黒の瞳を見下ろす淡い水色の瞳は込められた期待を映すように揺れている。
あと一歩踏み込んだ言葉がカイルには必要なのだと頭では理解しているが、恋愛偏差値などと呼べるものすらないような梓紗にとってカイルに抱きつくことでさえ既にキャパシティオーバーなのだ。
何よりの答えである、この行動で気持ちを分かってもらえないのかしら…と思えば、梓紗はつい意地を張ったような答え方をしてしまう。
「私の護衛はカイル様なのですもの…離れようがありませんわ。」
「無断外出した御方に言われても……」
「反省しています。…カイル様、許して下さいますか?」
梓紗は窺うようにカイルを見上げる。その漆黒の瞳を掬い上げるように淡い水色の瞳が捉え、カイルの腕を掴む梓紗の真珠色の手を決意を込めてカイルはきゅっと握る。
「アズサ殿が何事も打ち明けることのできる、唯ひとりの護衛となってみせます。
それまでお待ちくださいますか?」
カイルの決意に満ちた言葉と想いを湛えた瞳、握られた手から伝わってくる熱い心が梓紗の胸を捉え離さない。
恋愛経験値ゼロどころかマイナスと言ってもいいほどの恋愛音痴、残念アラサーの梓紗でさえ分かった。今度こそハッキリと梓紗の気持ちを伝えなければならない場面、勝負の時だと。
梓紗は精一杯の想いをのせて言葉を紡ぐ。
「ええ、お待ちしますわ。待つのは苦ではございませんもの。
それに…カイル様のことは今でも『私の唯ひとりの護衛』だと、そう思っております。
ま、待っておりましたら、カイル様は…その、私に…」
淡い水色の瞳を梓紗は一世一代の想いを込めて見つめる。思わず噛んでしまうほど言葉がうまく出てこない分、精一杯の想いをカイルを見つめる視線に込めてーー
漆黒の瞳がまるでカイルの気持ちを欲しているようにキラキラと輝くのを見てしまい、常では考えだにしないほど自らの想いを伝えようとカイルは急ぎ口を開いた(ベルトランあたりに言わせればまだまだ足りない、と言われそうではあったが。)
「…いずれ貴女に告げたいことがあるゆえ。」
「わ、私に、告げたいこと、とは…?」
「アズサ殿を待たせるのは私の本意ではありませぬ。されど『渡り人』様であられる貴女をお迎えする為には整えるべき物事が私にはあるのです。
これもひとえに貴女を大切にしたい、その想いが成させると、お許しいただきたい。
…この意味がお分かりになりますか?
それを承知の上でも私をお待ちくださいますか」
「…!!
も、もちろんです!ま、ま、まち、お待ちしております。」
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