なかなか文字に出来なかった。

カウンセリングは人と人の関係だから、合う合わないはあると思う。

療法の向き不向きは仕方ないにしても、私を否定したり、がんばれという発言は聞いていて辛かった。


右脳を使った認知療法というのをやっていて

ストレスを具体的に書く→色や形に変換する→体の部位に変換する→ストレス指数⚫︎%

そのからだの部位に対してどんな色で守られている?→ストレス指数は何%になった?

「ストレス指数0%になるまでやるように」と言われたものの...

「数値はもちろん減るけれど、嘘をついて0%だと偽ることは自分の感情を殺すことに感じる」と言うと療法に対しての疑問を投げかけると

「もっと真剣にやってください、何のために来てるんですか?」


「これまでに精神科医やカウンセラーから私の愛着の問題は現在はそこまで影響を与えていないと言われた」と話すと「それを信じたいならその人たちを信じればいい、でも治りませんよ」



自宅で夫に対して言いたいことを我慢しているせいか、カウンセリングのときに夫に対しての怒りが爆発してしまう。私の生育歴を突きまくられ不快でしかないのに、「はいこれが原因ですね!」というのは乱暴すぎて、さらに怒りが湧いてしまう。

母からの虐待、宗教などの問題はある。私の認知に歪みがないか?もちろん影響はあると思っている。

でも、そのおかげで人の表と裏がよく見えるし、微妙な表情、仕草、言葉から危険な人に対して防衛アラートが鳴り響く。

本当に自分にとって大切な人たちがはっきり見分けることができるのだ。自分を大切にしてくれる人と対等に付き合うことで私は自分を育ててきたんだ。

根本的解決じゃなくても、負の連鎖を自分自身に向けて苦しんで完結することはやろうと思えばできる。かつてはそうしてやってきた。でも、それじゃ私は笑えない。心が笑えない、それが答えなんだ。

私が望むのは夫と笑っていたいそんな日常なのだ。

それができないなら、未来はないと思っている。


私が抱いた違和感はカウンセラーさんが答えの終着点を決めていて、そこに向かわないといらいらした感情をぶつけてきたり、「もっと頑張らないと!」いう発言。


こういうカウンセラーさん一般的なんでしょうか?

カウンセリングの時間の半分以上は心理学の講義で

認知行動療法についてはフィードバックなし。

まぁ、夫には合っていたみたいで自分を振り返る機会になったみたいだから、一歩前進!