2026年3月8日
またまた前回の続き。今回は醒井の宿場からです。
今日も伊吹山はきれいに見えます。いさめ橋から居醒の清水にかけての風情は素晴らしいです。昔の旅人もさぞ癒されたことと思います。
醒井と柏原の間には山の中には行って行く旧中山道がありますが、入口のところに通れなくする門が設置されていて数百メートルは通れなくなっていました。
続いて柏原宿もかなり都市部から離れた宿場にも関わらず丁寧に保全されようと努力されているのが分かる宿場です。

この地を越えて滋賀県と岐阜県の県境、小さな小川というより溝のようなところが県境。そこから少し行くと車返しの地蔵尊。多分昔は今の道ではなく、地蔵様のところまで登っていたのでしょう。
お地蔵様からだと道は直線になっていますが、今の道はわずかにそれています。

旧今須中学校前でなんて書いてあるのだろうと読みにくくなっている学校名の看板を見ていると、この看板を書いた女性が来られて昔のこの地区の説明をしていただいた。
さらに峠を越えJR線のトンネルのところに出てくる。その先に進むと天下のおおいくさがあった関ケ原。天下分け目の戦は、関ケ原か、天王山か。

いたるところにある古戦場にたどり着く前に不破の関所あとに出る。三関と言えども千年以上も経つとこうなってしまうのだろうか。固関使はその後もきたのだろうか。妄想にふける。

関ケ原の中山道は国道21号線であったりその脇を通ったりして進む。21号線を越える陸橋から遠くの方に小高い山が見える。金華山だろうか。

垂井宿に入る。はずれの相川からでも伊吹山はよく見える。
川を渡ると、美濃路と中山道の分かれ道。街道はほぼ直線で赤坂宿に向かっている。
赤坂宿に近づくと左手前に見える山は異様な姿となって現れてくる。また赤坂宿に入る手前で廃線跡の線路が見える。鉄道ファンにとってはたまらない光景のようです。

赤坂港会館で小休止。
時刻は午後2時半、そろそろ帰ろうと思い、職員さんに美濃赤坂坂駅からだとどのくらい走っていますかと聞くと昼間は1時間に1本もないという。養老鉄道も少ないけれどまだましと言われて東赤坂駅まで歩く。今回はここまで。

と、ここまで(関ケ原)まで歴史街道の地図を見てきましたが、結構細かく交差点での渡り方など記入されていてそれはそれでよかったのですが、誤りもいくつかありました。例えば国道を通ることとなっている道では、実際に行って見ると、その脇に旧道が並走していたりなど実際に行って見ると?という箇所が何カ所かありました。が、なかなかよくできた地図だとは思います。
 

居醒の清水

 

旧柏原村役場跡の休憩所

 

車返しの地蔵尊の前の道

 

不破関資料館裏から

 

赤坂宿前の廃線跡

 

今回はここまで