2025年12月15日
雨が降りそうな気もするが、中山道を江戸に向かって歩いていこうと歩を進める。
これまで京都から今のところ静岡まで歩いているので、趣向を変えて中山道に挑戦してみたい。
草津の東海道との分岐点から歩き始める午前6時、まだ暗い。
トンネルを越えたところから東北の方に向かっては以前はアーケードがあったのにいつの間にかなくなっている。
守山市に入ると古高俊太郎の誕生の地の案内の石柱があった。近江の出身とは聞いていたが、こんなところとは。

今宿では一里塚が残っていた。中山道でも残ってるのかと思ってしまう。このようなものはなくさないでほしいなあ。

最初の宿場守山に入る。京都を出た人が最初に泊まることが多い宿場という割にはそれほど大きな宿場ではない気がする。気のせいか、それとも加宿を足した規模で考えるのか?

野洲川を越えて野洲に入るが、古い地図と合わせると旧道は現在の橋の20メートルほど南にあたるはず。つまりイタリア料理店の裏の道になる、と思われるがどうだろう。
野洲の集落(現代ではどこまでが集落か分からない)を抜けると朝鮮人街道との分岐点。
野洲を抜けると雨が降ってきた。辻町自治会館の入り口前と道の駅「竜王かがみの里」でそれぞれ20分余り雨宿り。

日野川の渡しの場所へはその少し前に獣害対策のために金網で道路が封鎖されていたため、もと来た道を戻り、国道に出て大回りする。地図で見ると100メートル余りなのに、1キロ半ほどの行程を進む。この辺りまで来るときれいに晴れてくる。

武佐宿に入るまでの国道は直線ばかりなので大型車がスピードを上げてたくさん通る。けれども歩道のないところがかなりあるので、はっきり言って恐怖すら感じる。

武佐宿を抜け、近江八幡市から東近江市へ入る。足が痛くなってきたので、愛知川宿まで行くつもりでいたけれど、五個荘で今回は終わりとしましょう。

今回の歩きで困ったのは、時々降ってくる雨とコンビニをはじめとする商店が街道沿いには全くなかったこと。道の駅はありましたが、お休みでした。このため街道から外れてコンビニに寄るしかなかったです。あるのは昔のお店、シャッター店だけです。

 

古高俊太郎さんの案内碑

守山宿の南、今宿の一里塚

朝鮮人街道との分岐点

日野川の渡しの手前の獣害対策用の通せんぼ

街道はこんな感じでお店はシャッター店しかありません
中山道武佐宿大門跡

今回はここまで