昨年の11月25日(日)
総社市支援チャリティーコンサートに行って来ました。
総社市役所に到着すると、市の職員さんが総出で?迎えて下さいました。
受付や案内など丁寧に対応して下さり、お休みなのに本当に有り難かったです。
そして三人でのトーク。
今回の災害で総社の片岡市長の迅速な対応は、岡山県内のみならず、全国でも評価が高かったと思うんですが、、
その中でも
①ペット避難所を作った事。
②支援物資を配給のように配るのでなく(人によっては不必要な物もあるから)フリーマーケットで個々に必要な物を購入できるようにした事。
この2点はこれまで支援を行って来た経験上で必要だと感じ、取り組まれたようです。
この日のトーク&コンサートには、地元の高校生達が招待されていました。
災害当日、片岡市長のツイッターに高校生が出来る事は無いかとリプした事をきっかけに、多くの高校生達が救助やボランティアに協力してくれたそうです。
被災者支援の経験から学んだ事として、支援物資を運んでも断られた事がある。
受け入れる側が大変な事はよく理解した上で、被災者側になった時には断らず、受け入れる事を心掛けたそうです。
(これがフリーマーケットに繋がるわけです)
健さんは熊本支援のお話をされました。
熊本にテント避難所を作った理由は、過酷な登山ではテントが安らぎの場所になるからだそうです。
「本当はバーも建てたかったんだけどねぇ〜。許可が貰えなくて…」
まぁね…健さんのお気持ちは分かるけど、避難所にバーはちょっと厳しい
亮太くんは東日本の震災の時の事を話してくれました。
3月9日、10日と横浜アリーナでライブがあった事。
その翌日には、同じ場所が避難所になった事。
26日、27日のライブを決断するまでの苦悩と、神戸という場所だったからこその決断だった事。
会場のお客さんからの、悩んだ時にはどうしてますか?という質問に、片岡市長は悩んだり迷った時には苦しい方を選ぶと言われて、亮太くんは禅の話から、波紋に例えてお話されました。
「波は抑えようとしたら余計に大きくなる。何もせず、じっと待つ事も必要。自分自身できてはいないけど、じっと待つ事を心掛けたい」というような事を言ってました。
その後で片岡市長からの無茶振りが始まり、総社市観光大使に任命したり、総社マラソンに強引に誘ったり…
片岡市長「さっき、迷った時には苦しい方を選ぶって言ってたじゃないですか」
亮太くん「それは片岡市長が言ったんじゃないですか!僕は楽な方を選びます!」
そして何故か、マネージャーさんにマラソンを託す亮太くん 笑笑
ペット避難所の記事が女性セブンに載ったとの話から…
片岡市長「藤巻さんも女性セブンに載ったでしょ?」
亮太くん「載りましたっけ?」
片岡市長「載った事あるでしょう?」
亮太くん「そうでしたっけ?」
いやいや…このやり取りにはヒヤヒヤしたよぉ〜〜
片岡市長、、、空気読めない人、、、
そして片岡市長ったら亮太くんの事を「レミオロメンです!」と何度も言って、藤巻って名前を覚えられないのかと思った…。
あまりにも何度もいうので、亮太くんも思わず「今、休止中ですけど…😅」なんてフォローせざるを得ない状況。
いえ、立派な市長さんなんですよ‼︎ はいっ❗️
トークの後はいよいよライブ♪
…と思ったら、キーボードが用意され…
オープニングアクトは片岡市長の弾き語りで「糸」を熱唱
これが予想外にお上手でした〜👏
そして亮太くんのライブ
日日是好日
南風
粉雪
3月9日
南風で、お客さんが「パン・パパン👏」の手拍子を始めた時には、「そういうのもあるよね〜♪」って嬉しそうでした
粉雪を歌う前に、ボソッと「大丈夫かな…」と呟いてたけど、声が良く伸びていて、安定感のある素敵な歌声でした!
初めて亮太くんの生歌を聴いたお友達も「贅沢だったぁーー!」って喜んでました
大好きな3月9日を聴きながら、レミオの頃は遠い場所からしか聴く事ができなくて、私にとっては大きなステージに立つ大スター(笑)の様な存在で。
遠い遠い存在の亮太くんが、岡山のこんな田舎のこんな場所で歌っている事が、本当に不思議な気持ちでした。
そこには色々な想いがあります。
ただ、、、レミオが休止になって凄く傷付いたけど、ずっと亮太くんの曲を聴いて来て良かったと思いました。
それはやっぱり、聴きたいと思える素晴らしい曲を亮太くんが作り続けているからで、聴きたいと思えなければ聴かなくなっていたと思います。
この日は、あの健さんが❗️意外にも大人しく目立たなかったです。
それは何故かと言うと…
もっと個性の強い方がいらしたからですね。はい。😅
亮太くん、健さん、総社に来て下さりありがとうございました。
そして、熱い男の片岡市長!休日出勤で迎えて下さった職員の皆さん、本当にありがとうございました



