不公平で当たり前というと、

ネガティブに聞こえちゃうかもしれません。

 

でも私は結構、この言葉に救われたんですよね。



私は裕福ではない家庭に育ち、高校・大学の奨学金、合わせて約900万円を背負って社会に出ました。

地元の国公立に進んだのに、なぜこんなに借金があるのか。誰にも言えず、ずっと一人で抱え込んできました。

 

 

 幼少期は習い事していたのに…?

 

 

 

子供の頃、親の言いなりでピアノ、習字、そろばん、水泳……毎日お稽古に通っていました。

テストで100点以外は許されず、叩かれて外に閉め出される日々。

捨てるぞ!と脅される毎日。怖い。

 

そんなに教育熱心だったのに、なぜ将来の学費は1円も用意されていなかったのか。 

 

「あの習い事、必要だった?」 そんな恨み言が、何度も頭をよぎりました。私のためだったといわれても、

全然うれしくありません。そもそも私が大学に行くとは思ってもいなかったでしょう。

 

高校の奨学金に関しては、生活のためだったといわれました。弟たちがいたので、仕方なかったといわれました。

私は一番年上というだけで、一番多額の奨学金を抱えることになりました。


 

 

 「普通」とのギャップに苦しむ日々

 

 

 

大学に入れば、奨学金なんて借りていない子もたくさんいます。社会に出れば、スタートラインの違いを痛感します。 

「奨学金がある子とは結婚したくない・させない」そんなネットの心ない言葉に、

自分の存在を否定されたような気持ちになり、自分を責め、親を恨みました。

 

「首席」と、ブラック企業

 

 

 

 大学の勉強はすごく楽しくて、首席で卒業しました。勉強を頑張ればなんとかなるはず!でも、就職活動では全然うまくいきませんでした。自分に自信が持てなくて、ブラック企業に入り、心身ともにボロボロに。

無職になった時、900万円の重圧が再び肩にのしかかりました。

 

ただ大学に行くと選択したのは私です。その選択をした以上、親を責めてるのは、なんだか違うなと思い始めます。

だからこそ、自分の選択は間違えていなかったと、思い込みたかったのですが。。。ブラック企業に入ることになって、奨学金の返済が危うくなり、自分の選択が間違えていたのかと、何度も思いました。

 

 

 

 「不公平を受け入れる」という境地 

 

辛すぎてネットで、検索してみたんですよ。「世のなか 不公平」みたいな。笑

検索というか、辛すぎて、検索ワードに独り言書いてることありませんか?「辛い」みたいな。

 

分かる人にはわかると思うんですけど。ポジティブで飾られた言葉って、

うっとうしくなりますよね。

 

それって豊かだから言えることじゃん!みたいな。

 

親を恨むもんじゃない、親に感謝!みたいな言葉はうんざりだったんですよ!笑

健康体で育ててくれたり、違う面では感謝することもありますけどもね。

 

そしたら、検索ワードに、「世の中 不公平 当たり前」って出てきました。

 

あ、そういう考え方もあるのね!!!

 

 

「不公平だ!」と叫びたい気持ちを、一旦置いてみると意外に心が落ち着くんです。

親を許さなきゃ!とか、前向きにならなきゃって抗うのは、相当なエネルギーを使うと思うんですよね。

 

 「この世の中は、不公平で当たり前なんだよね」 そう認めて、抵抗するのをやめてみたんです。

「なぜ私だけ?」という終わりのない問いから解放されると、少し気持ちが楽になります。


同じように親を恨んでしまったりして、なんか苦しい思いをしている人も

恨んでもいいし、不公平だと叫んでもいいし、

不公平だと認めてしまってもいいし。

 

「自己責任じゃん!」みたいなのは、ほっときゃいいんですよね。

と言いつつ、私はとても気にしいで繊細なので傷つくと思いますけどね。

そんな自分もいると認めてあげながら。

 

 

 

私はとにかく奨学金を返します。

計算では、あと12年くらいかかりそう。

実は奨学金の他に車のローンまで払ってました、はは!

田舎は車がないと生きられませんからね。


できれば今後の未来、大きな負担を抱えずに、子どもたちが好きなことを学べる環境になってほしいですね。