桜の時期はセンチメンタルな気分になる。
多くの人は、桜が咲くとお花見を楽しむんだろうけど、
(私もお花見は好き)
おセンチなこの気持ちは一体なんなんだろう?と毎年思っている。
綺麗な桜を見ると、こんな素晴らしい景色を来年も再来年も夫と見られるだろうかと思う。
別に私も夫も死ぬ予定がある訳じゃないんだけど、
ずっと一緒に見ることができるのか、
いつか一緒に見られなくなってしまうだろうか?
とちょこっと切ない気持ちになる。
人と楽しく桜を見ている時にこんなことを考えているのは私だけだろうか。
普段はいつも夫と一緒にいて、家事とか小さいことで
グチグチ文句を言って、こいつムカつく!
とか思ってしまうんだけど、
やっぱりこの人と桜を見られるって嬉しいなと思ってしまうな。
来年もその先もずっと、あなたと一緒に桜が見られますように、と密かに思ってる自分がいる。
「あなたと桜を見られなくなる日がきたら寂しいな」
と冗談っぽく夫に話すと、
「今を生きよう」と力強い回答が返ってきた。
夫っぽい回答だ。たしかにね。
桜の散り際は特に感傷的になってしまう。
だから私は桜の蕾が好きだ。
これから咲くであろう力強い蕾。
ああ、まだ咲いてないね、と
人々は言うのだけれど、
私は蕾の方が気が楽だったりする。
桜の木は1年中そこにあるのに、花を咲かせるときはあっという間に散ってしまうんだよね。そこが切なく、儚い。
だからこそだろうか。
今生きてるこの瞬間を大切にしたいと思える。
そしてこんなことを考えているのは、私だけかも。
感傷に浸り、そして美しさに感動する桜の時期。
疲れるけど、愛おしい。
まるで夫のようで、面白い。