半年前、高校生の子供が急に体調を崩してしまいました。
小学校も中学校もほぼ皆勤で過ごしてきた運動大好き学校大好きな子なのですが、部活動があまりに
過酷で昨年夏の炎天下のなか連日昼夜の野外活動が続きすぎてついに倒れてしまったのです。
どう考えても活動のさせ方が異常でした。何度も止めさせたいと思いましたが、実際に聞いてもみましたが、本人は熱心に取り組んでいて仲間と一緒だと
どんな過酷な状況も楽しめてしまうようで毎回溌剌とした笑顔で帰ってきていました。
それでも振り返ると、絶対に親の私がもっと早く、強く止める判断をすべきだったと反省しています。
それからは様々なことがあり、子供も私も色々な
ことを諦める判断をし、治ってきたと思っては何度も何度もイレギュラーにぶり返す不調と向き合い
ながら頑張ってきました。
親の私はもちろん自分自身の機嫌をとる心の余など一切なく、常に子供の体調を気にかける日々を過ごしました。一緒にいる時もいない時も常に不安との闘いです。
そばにいる時は弱音も愚痴も言わない子供の変化を見逃さないように必死でした。
体感として家族の看病は心身への負担が筆舌を尽くせない大きさであり深さです。
そんな訳で、わたしは最近はめっきりノイローゼで
子供の不調に恐怖や無意味な怒りを感じるようにもなってしまいました。正しい判断は分かっていも、それを遂行する気力も体力も思いやりもカスカスになって機能せず遣る瀬無いです。
それでも半年間よく頑張りました。私も子供も成長したのではないでしょうか。心身共にボロボロではあるけれど何かしらのサバイバーな気分です。
まだ油断は出来ませんが、長いトンネルにいる間も常に先を見て、出来ることはして、出来ないことは諦めて、再スタートできるまでには準備してきたと思います。
たまにはネコと時間をゆっくり感じてゆこうと思います。
