今日は、なかなかなお天気です。
お仕事、いっぱい![]()
このブログ書いてから~なんて・・・また、後半焦る一日になりそう![]()
この前の沖永良部での出来事、どうしても書いておきたい記憶がありました。
それは、このときお会いした「おとうさん」
彼はシンポジウムの打ち合わせで初めてお会いしたとき、何も聞かされてなくて(内容など)困ってました。
どこかで、連絡が滞ったようで、主催側は「無理でしたら・・・」と、伝えましたが、彼は勇気を出して、シンポジウムでお話なさいました。
この方の下の子が障害をもって産まれまして、今度小学校にあがるようでした。
「この子を島で育てたいと思っているが、どのようにしたら良いのか、わからずにいます。
他のきょうだいが、下の子をとても可愛がって、感心します。
ぼくもこの子とお風呂に入るのを毎日楽しみにしてます」
簡素化しすぎですが(笑)このような内容のお話です。
奄美は本島にしか「養護学校(支援学校?)」がないので、島を離れて「寮生活」をするケースがあるのです
沖永良部は、とても素晴らしい島で、皆さん働き者で、畑が綺麗に整備され、療育に関しても、学校の先生方、関係者、保育所の関係の方、皆さん素晴らしい方ばかりです。
でも、何か「療育ネットワーク」が、まだできてなくて、このお父さんのような保護者の方が混乱しちゃうのかな?と、いう印象でした。
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このおとうさんは、スポーツマンタイプで年齢よりずっと若く見える「すっとした」方でした。
夜の懇親会で、お話しする機会がありました。
お酒を楽しく飲む方らしく、お酒が進んでいます。
行政の方、先生方、10数名のなか、後半になって、おとうさんは私と、O先生に声をかけ、これから先どのように子育てをしていけばよいのか、聞いてきました。
「どうしたらいいのかわからんのですよ」
・・・彼は、何度もそう言いました。
話をしてるうちに、わかってきました。
彼は、奥さんの悩みもきちんと聞いてます。
子供ともきちんと関わってます。
他の保護者の方にも、関わりをもとうと努力しています(ここが難しいようです)
島で、子供が幸せに育つようにと、願って動いてました。
彼は、とても立派でした。
奥さんも、とても熱心に子供と関わっているようでした。
ただ、それを「大丈夫だよ、あなたのしてることは、立派だよ」と、同じ立場で言ってくれる人がいなかった。
その不安だと思いました。
今までの子育てとは違う不安。
でも、ほんとはみんな子育ては一緒だよと、確信したかったのだと思います。
子供育ては、自分育てだよ。
どんな子も幸せになって良いんだよ。
そのことを確信したかったのだと思います。
私が言える言葉はひとつでした。
「大丈夫。おとうさんはちゃんと大事なことが分かっている」
このおとうさんは、障害児を抱える保護者として、はじめてまともに私と深い話をしたそうです。
とても喜んで、
「これからは、1人づつ、地道に保護者の方とつながっていきます」
と、挨拶しました。
家の長男君が、保育所と並行通園になったとき、不安で仕方なかった私に、O先生が言ってくれたことがあります。
「おかあさん。100人入れば、必ず一人は味方が居ます
大丈夫
」
その言葉を思い出しました。
私は、100人の人に愛想笑いをするより、真剣に考えてくれる1人と生きる生き方を選びました。
1人1人と丁寧につながっていく人生です。
どこにいても、その人が頑張っているのを支えあえる人生です。
私たちの先輩のお母さん方の時代は、バックアップしてくれる方が少なくて、本当に辛い療育時代をおくったことでしょう。
今は、たくさんの方が支援してくれる恵まれた環境にいます。
それに甘んじることなく、少しづつ、力になっていくことも考えさせられました。
自分たちにできる、少しのことを、少しづつ・・・ですね。
私がこの島に来たのは、このおとうさんに会いに来たんだな・・・そう思いました。
おとうさんにとっては、この出会いは小さなきっかけで・・・
このおとうさんは、100人の人と本気で笑顔でつながっていける人です。(笑)
きっと、このおとうさんに天使みたいなこのお子さんが「本当の大事」をこれからたくさん教えてくれる。
たくさんの想いを抱えて、与論経由の飛行機で帰ってきました。
ははは・・天候悪く、揺れて「ジェットコースター」なみでした。